シリーズ世界へ! YOLO④ タイ〜花と微笑みの国 後編

文&写真/佐藤美玲(Text and photos by Mirei Sato)

どーんと横たわる寝釈迦像は、一度見たら忘れられない顔。足の裏には、真珠色の象眼細工が施されているPhoto © Mirei Sato

ワット・ポーの、どーんと横たわる寝釈迦像は、一度見たら忘れられない顔
Photo © Mirei Sato

闇に踊る
魔王と美女

 ソンクラーンといえば、「水かけ」だ。前編(7月5日号掲載)で紹介したが、もともと、農村で恵みの雨を願い、年長者に敬意を表して聖水をかける儀式だったのが、今では、年に一度の羽目を外す機会であるかのように、誰彼構わず水を浴びせ、顔や首に、石灰を水で溶いた白い粉を塗り合う。交通事故で死傷者も出るし、水かけによって発生する水蒸気のせいで、この時期のタイは雨季でもないのに雨が降りやすいとまで言われている。

 でも、水かけ祭りは、ソンクラーンのほんの一部の風景に過ぎない。タイの人々は、故郷に帰り、先祖を敬い、家族や親戚との時間を大切に過ごす。地域によって正月の祝い方はじゃっかん異なるが、心身を浄め、家を掃除し、寺院にお参りするのはどこでも共通だ。そして夜になると、集まって食事を楽しみ、舞踊や音楽など、地域独特の伝統文化を鑑賞するという。

 私たちもその習慣に従って、タイ最古の寺院「ワット・ポー」へ向かった。フェリーに乗って、夕暮れのチャオプラヤー川を下る。川岸には高級ホテルやレストランがあり、庶民の通勤の足である高速ボートや運搬船が行き交う。

 左手に、三島由紀夫の小説「暁の寺」で日本人にも有名な「ワット・アルン」が見えてくる。ライトアップされ、船の上にまで賑やかな音楽が聞こえてくるから、やはり新年を祝う人たちが集まっているのだろう。

 ワット・ポーは、その斜め対岸にある。タイで最も大きく美しい、金色の寝釈迦像が安置されていることで有名だ。高さ15メートル、体長46メートルの巨体。やわらかい微笑みに、圧倒される。

 建築や装飾には、王宮で見たような豪華絢爛さはないが、ラマ王の遺骨を納めた仏塔があり、格式は高い。ここでインドのヨガを取り入れて痛みや病を治す研究が行われたことから、「タイ・マッサージ発祥の地」としても名高い。

境内には、ヨガやマッサージのポーズをとる石像が並び、マッサージ師を育てる学校もあるPhoto © Mirei Sato

ワット・ポーの境内には、ヨガやマッサージのポーズをとる石像が並び、マッサージ師を育てる学校もある
Photo © Mirei Sato

 仏塔の周囲で、ひざまずいて砂を盛っている人たちを見かけた。聞くと、「信者は寺院にある物を持ち帰ってはいけない」のが決まりだが、お参りをすれば、自然と靴の裏に土や砂がつき、「持ち帰ってしまう」。それで、ソンクラーンになると、近くの川から砂を集めて、「お返しに行く」ということらしい。ここでは、バケツで砂を売っていた。盛った上にカラフルな旗をさして仏塔に見立て、健康と幸運を祈る。砂を積み上げることが、徳を積むことにもつながるそうだ。

 境内の特設ステージでは古典舞踊が始まっていた。果物を花の形にくり抜くカービングや、織物などの工芸品も楽しめる。屋台では、正月にちなんだ食べ物を売っている。餅米に砂糖とココナツミルクを混ぜて大鍋で煎った、キャラメル味のドロッとしたお菓子が、美味しかった。

魅惑的な、タイ伝統舞踊Photo © Mirei Sato

魅惑的な、タイ伝統舞踊
Photo © Mirei Sato

 私たちは、政府観光庁の特別な計らいで、タイ一の技術を持つという人形劇を見せてもらった。演目は、インドの叙事詩「ラーマヤーナ」をタイの歴史に置き換えてアレンジした「ラーマキエン」からの、有名な一幕だ。

 アユタヤの王ラマは、魔王トサカンによって、最愛の王妃シタを誘拐されてしまう。王妃を奪回すべく、ラマ王は、将軍ハヌマンを送るのだが…。

 人形の顔の凝った細工と色にも見惚れてしまうが、それを操る人形使いの動きが素晴らしい。1体の人形を、3人で動かす。黒い服を着てはいるが、「背景」に徹するのではなく、飛び跳ねたり走ったりの連続で、目の動き一つとっても魅せてくれる。

 どこの国でも、国家の成り立ちを伝える神話はロマンチックなものだけれど、チャオプラヤー川の夜風を受けながら見る、闇夜に踊る王と王妃の物語は、格別であった。

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