シリーズ世界へ! YOLO④ タイ〜花と微笑みの国 後編

文&写真/佐藤美玲(Text and photos by Mirei Sato)

タイのキックボクシング「ムエタイ」の像も、「水かけ」の被害に…Photo © Mirei Sato

タイのキックボクシング「ムエタイ」の像も、「水かけ」の被害に…
Photo © Mirei Sato

旅の終わりに

 ロサンゼルスへ帰る日の朝、ちょっと早く起きて、バンコクの街をぶらぶら歩いた。ビジネス街はさすがにひっそりしている。アスファルトの道路はどこも水をかぶって黒ずみ、交差点に立つムエタイ(タイ式ボクシング)の像は、昨夜の水かけファイトの激しさを物語るように、白い粉を身にまとっていた。

 ルンピニ公園で、ゆったりと太極拳を舞う人たち。その横を、ジョガーやサイクリストが駆け抜ける。路地裏の小さな市場には、散歩がてら、惣菜や雑貨を買い求める人たちが出ていた。祭りの合間も、日常は続いている。

 渋滞が有名なバンコク。ソンクラーンとはいえ、朝のラッシュ時はなかなか前に進まない。急ぐ人は、バイク・タクシーを利用する。タイでは、見知らぬ人に触れるのはマナー違反。これは、バイクの運転手と乗客の関係でも一緒だ。若い女性が、荷物を持つ手でスカートを押さえ、もう片方を後ろ手にして車体をつかみ、すっくと背筋を伸ばして座っている姿は、見事なもの。バイクがどれほど揺れようと、運転手に触れることはない。バンコクで生きる女性には必須の技で、若いうちから練習を積むのだと、ガイドが言っていた。

 喧噪の中に、規律がある。それがこの街の魅力だと思う。

◆ ◆ ◆

 バンコクを訪れるのは、20年ぶりだ。最初の時は、バックパッカーで、南からマレー鉄道で国境を越え、当然のように、カオサン通りの安宿街を目指した。ガイドブックで読んだ通りに歩きだしたが、ミミズのようなタイの文字はまったく読めず、すぐに混乱した。人込みで地図を広げるなど、アメリカの一人旅では絶対にしなかったが、仕方がない。本を取り出しパタパタとめくり始めると、すぐに周りの人たちが立ち止まり、道を教えてくれた。「微笑みの国って、本当だったんだ」。懐疑心が一瞬にしてほどけたのを、今でも覚えている。

Photo © Mirei Sato

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 1998年のアジア競技大会開催以降、バンコクが急速に近代化したのは聞いていた。確かに、今のバンコクには、トゥクトゥク(三輪自動車)よりも、冷房の利いたタクシーが目立つし、高層ビル群も、高架鉄道スカイトレインも、スワナプーム国際空港も、20年前にはなかったものだ。

 でも、私にはむしろ、懐かしさや、変わらないものばかりが、心に残った。

◆ ◆ ◆

 ツアー中、十数人の小学生に囲まれたことがあった。外国人を見つけて英語で話しかけるという宿題らしい。「どこから来たの」と聞かれ、日本人だと言うと、皆が顔を見合わせた。そして、私の方に向き直り、「スースー!」と言い出した。「スースー、ジャパン、スースー!」

 私の反応を待っているようだが、意味が分からない。タイ語で日本をスースーと言うのか、それとも、コンニチハとでも言いたいのを間違えているのか。聞き返してみるが、キョトンとされた。突然一人が、探していた言葉を思い出したと言わんばかりに、手を叩いた。「ツーナーミー、スースー!」

 そうか、そういうことだったのか…。ほかの子供たちも寄ってきて、右手でこぶしを作り、「スースー」の大合唱はしばらく続いた。後で、タイ人のガイドに聞いたら、「スースー」には、「元気を出して」とか「頑張って」の意味があるということだった。

カメラを向けると笑顔で返す、子供たちPhoto © Mirei Sato

カメラを向けると笑顔で返す、子供たち
Photo © Mirei Sato

 私たちがロサンゼルスを発った時は、まだ東日本大震災発生から1カ月しか経っておらず、英語やタイ語の新聞も、一面で原発事故や被災地の様子を伝えていた。タイへ向かう機内のサービスで日本のビールが出たが、私の隣に座った女性は飲まなかった。缶の底を見て去年の秋に製造されたものだと教えても、手をつけなかった。トラベルライターの中にも、「成田経由で北京に行ったけど怖かった」「タイにも行かない方がいいと友達に心配された」と漏らす人がいた。

 「風評」と批判するのは簡単だが、これが現実だ。日本人だって、立場が変われば同じことを言うだろう。そうは思っても、気分が晴れなかった。

 そんな時だったからこそ、ストレートに心に寄り添ってくる子供たちの言葉に、胸を打たれた。私は日本から来たわけでも被災者でもなく、アメリカに戻って行く身だったが、励まされる思いだった。

 街並は変わり、旅の思い出はいつか色褪せても、スースーと叫んだあの子供たちの瞳を、私はたぶん忘れないだろう。

バンコク、7日7色

Photo © Mirei Sato

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 どこを見回しても色鮮やかなタイ。それもそのはずで、曜日にまで色がついている。月曜イエロー、火曜ピンク、水曜グリーン、木曜オレンジ、金曜ブルー、土曜パープル、日曜レッド。祭事や祝日、重要なイベントがある時は、男性も女性も、その曜日の色を身にまとうのが慣習だ。現国王が生まれたのが月曜だったため、黄色には特別な意味が込められている。
 タイのキャリア・ウーマンたちは、朝起きて、今日は何を着ようか迷ったら、その日の色で選ぶとか。「7 Days 7 Colors」という人気のTシャツブランドもあるそうだ。

宝くじ、これがホントの神頼み?

Photo © Mirei Sato

Photo © Mirei Sato

 家の庭や玄関先に、祭壇のようなものが2基並んでいるのをよく見かけた。「スピリット・ハウス」と呼ばれ、ヒンズー教のラマ神と、その土地に宿る精霊や祖先を祀っている。家を新築する時や引っ越した時には、必ず新しいスピリット・ハウスを作り、建物の影にならない場所を選んで設置する。花とお供えは欠かさない。家を壊したり転居したりする時も、スピリット・ハウスは壊さず、森の中の聖なる木のそばに置きにいく。
 どうやるのか詳しくは知らないが、木の幹から読み取ったナンバーに従って宝くじを買う人も多いそうで、見事に当たった人が、感謝の意を表してスピリット・ハウスにエアコンをつけた、という逸話もある。

取材協力/タイ国政府観光庁(Tourism Authority of Thailand = TAT)

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