シリーズ世界へ! YOLO⑬
行っちゃいました! 夢の南極 (Antarctica)
〜後編

文&写真/佐藤美玲(Text and photos by Mirei Sato)

シュークリームのような山=6日目、ルメール海峡 Photo © Mirei Sato

シュークリームのような山=6日目、ルメール海峡
Photo © Mirei Sato

Day 6  ︱  11 December 2012

  • 記録時間2115hrs
  • 緯度65˚02′ S/経度63˚52′ W
  • 針路39˚/速度9.2 knots
  • 気圧986.6 hPa/風速12 knots NE
  • 気温0℃/海面温度0℃

 午前3時、寒すぎて目が覚めた。手と足の爪先がかじかんでいた。迎えのボートが来るまで、まだ2時間もある。まずい。このままだと寒さが全身に回るのは意外と早いのでは…。そう思うと不安になった。

 今回のクルーズ旅で最大のチャレンジとなる、「南極氷上キャンプ」。参加者の3分の2にあたる28人は、前夜、キャンプ先のパラダイス・ハーバー(Paradise Harbour)に上陸した。すでに午後11時を過ぎていた。夏の南極では太陽は沈まないので、夜中でも薄ぼんやりと明るい。

 水辺のそばに寝床をつくった。足で雪の上に、棺桶のような長方形のスペースを浅く掘り、よく踏み固めて平らにする。そこに薄いマットを敷き、寝袋を広げる。
 気温は摂氏マイナス5度。ドン・マクファジェン隊長から「持ってきた防寒具はすべて着るように」と言われていた。人一倍寒がりの私は、着られるものはすべて着て、船室から持ってきた毛布をぐるぐる体に巻いた。手袋と靴下の中に使い捨てカイロを張り、頭にはバラクラバ(目出し帽)も含めて帽子を3つかぶった。息をするのも苦しいぐらいのミノムシ状態で、寝袋にすべり込んだ。

 寒さより怖かったのはトイレだ。キャンプ地にはトイレもテントもないと聞いて、私は昼過ぎから「断水」していた。緊急事態になったら、ペンギンのように自然の中で済ませるしかない。それはやっぱり「環境保護」の観点からいって、誰もやりたくないのだった。
 中には、勇敢にもホットチョコレートやコーヒーを持ち込んで「一晩中パーティーだ」なんて子供のようにはしゃぐ人もいたけれど、1日の疲れもあって、寝袋にもぐり込むと皆すぐにシーンとなった。

 3時に寒くて目が覚めてしまったのは、私が寝床を平らにしきれていなかったせいだ。体が氷の上をスライドして移動し、その分だけ足先がマットからはみ出していた。下から冷気が伝ってくる。寝返りを打つのも難しかったが、寝袋の中で体をガサガサ動かして手足をこすり合わせ、なんとか体温を維持した。

 横で寝ていたオーストラリア人のマーガレットも、目を覚ましていた。「空がきれいよ。起きて写真を撮ってきたら?」と言う。
 寝袋から顔を出して眺めると、山の頂きに雲と霧がかかり、すき間の空が薄いピンク色に染まっていた。白と青の透き通った南極のイメージとはまた違う、神秘的な装いだ。ハーバー周辺のグレイシャーは、灰白色の和紙でできたカーテンのよう。ところどころに帯や縞の模様が入って、オリガミのような不思議な造形美を見せている。

 写真を撮りに行きたい気もしたが、カメラが入ったバッグには霜がおりていたし、寝袋から出るなんてトイレへの招待状に等しい。目に焼き付けるだけにしておこう。
 人間を簡単に寄せつけない厳しさと、そこにチャレンジした探検家たちの足跡、この大陸でしたたかに生きる野生動物たちの強さ——。そんなことを考えながらまた眠りに落ちた。

 次は何度も名前を呼ばれるまで起きられなかった。「皆もう船に戻るよ」。えっと思って飛び起きると、おおかた海岸に移動している。沖合に停泊している私たちの船ポーラー・パイオニア号は、朝4時に錨を巻き上げた。古い船なので音がかなり響く。それが目覚まし時計になって、皆「早く早く」と待っていたらしい。
 ゾディアックが到着するや、先を争って乗り込んでいった。特に「ホットチョコレート組」は、トイレを相当我慢していた模様。私も慌てて寝袋をたたみ、最後のゾディアックに飛び乗った。

 バラ色の朝焼けだ。太陽が出れば、やっぱり暖かい。
 入れ替わるようにジェンツー・ペンギンが3匹、岸に向かって泳いできた。人間は早く去ってくれと言わんばかり。ピチャピチャと音を立てて上陸した。
 忙しい1日が、また始まるのだ。
 


 

1

2 3 4 5 6

この記事が気に入りましたか?

US FrontLineは毎日アメリカの最新情報を日本語でお届けします

関連記事

アメリカの移民法・ビザ
アメリカから日本への帰国
アメリカのビジネス
アメリカの人材採用

注目の記事

  1. 今年、UCを卒業するニナは大学で上級の日本語クラスを取っていた。どんな授業内容か、課題には...
  2. ニューヨーク風景 アメリカにある程度、あるいは長年住んでいる人なら分かると思うが、外国である...
  3. 広大な「バッファロー狩りの断崖」。かつて壮絶な狩猟が行われていたことが想像できないほど、 現在は穏...
  4. ©Kevin Baird/Flickr LOHASの聖地 Boulder, Colorad...
  5. アメリカ在住者で子どもがいる方なら「イマージョンプログラム」という言葉を聞いたことがあるか...
  6. 2024年2月9日

    劣化する命、育つ命
    フローレンス 誰もが年を取る。アンチエイジングに積極的に取り組まれている方はそれなりの成果が...
  7. 長さ8キロ、幅1キロの面積を持つミグアシャ国立公園は、脊椎動物の化石が埋まった岩層を保護するために...
  8. 本稿は、特に日系企業で1年を通して米国に滞在する駐在員が連邦税務申告書「Form 1040...
ページ上部へ戻る