寿司シェフ
坂本 耕一

文/福田恵子 (Text by Keiko Fukuda)

 高度な資格や専門知識、特殊技能が求められるスペシャリスト。手に職をつけて、アメリカ社会を生き抜くサバイバー。それがたくましき「専門職」の人生だ。「天職」をつかみ、アメリカで活躍する人たちに、その仕事を選んだ理由や、専門職の魅力、やりがいについて聞いた。

「大事なことはすべて現場で大将から学んだ 『付け場は舞台』という言葉を忘れない」

 寿司自体の経験は30年になります。生まれ故郷の高知で、まだ高校に通っていた時、友達が働いていた仕出し屋でバイトさせてもらったことが最初です。料理に興味があったのです。
 高校卒業後は、父のアドバイスでロサンゼルスに来ました。高知から大阪や東京の大学に行くのなら、いっそのことアメリカまで出てみろ、と言われたのがきっかけです。昔、アメリカに来たことがある親父から選択肢を提示されたようなものですね。

 英語を学ぶESLクラスを同時に受講する条件でUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の正規コースに入学しましたが、勉強が難し過ぎてついていけませんでした。 半年でいったんUCLAはやめて、一からやり直そうと思って、サンルイオビスポの語学学校へ、後にカレッジに進学しました。そこでアルバイトしたのが、高校時代に経験があった寿司だったのです。料理を作っていると、ものづくりの達成感とお客様から喜んでもらえる充足感が得られて、やはり自分にはこの道が合っているのだという思いに至りました。その後、寿司職人として永住権を申請。1990年のラグナビーチの今の店に移ったのを挟んで、1992年に無事取得できました。

 寿司シェフになって大変だと思ったことは、実は特には思い当たりません。30年の間にいろいろあったのは確かですが、その時々で、周囲の人に助けられ、巡り会いもあって今があると思っています。

 私の寿司の技術はすべて現場で「大将」から学んだものです。日本の調理師免許を持っているわけでも、寿司の学校に行ったわけでもありません。寿司飯の仕上げ、マグロの握り方、すべて、目で見て体を張って覚えてきました。教わった大将から見た私が、果たして素直だったかどうかはわかりませんが(笑)。

 大将から言われたことで今も心に言い聞かせているのが、まずは清潔第一、ということ。これは非常に意識しますね。昔、大将に「付け場はお前にとっての舞台なんだ。お客さんは皆、お前に注目しているんだぞ」って言われたことが強烈に印象に残っているのです。以来、清潔な身なりには気を配っています。

 この仕事に就くための条件として、人を喜ばせるのが好きなことは絶対ですね。厨房の中で料理を作るだけなら必要ないですが、私たちは寿司カウンターに座るお客さんを相手にするのです。目の前のお客さんが喜ぶ寿司を出して、さらに楽しい会話をして、笑顔で帰っていただくことが仕事です。お客さんがテーブルじゃなくて、わざわざカウンターに座るということは、そういう寿司職人とのやりとりを求めているということですから。

 これまで数えきれないくらい大勢のお客さんに寿司を握ってきましたが、常連さんとの会話はちゃんと覚えていて、「前回行くと言っていた旅行はどうでしたか?」などと会話を盛り上げるようにしています。新規のお客さんには持ち物のセンスの良さなどをさりげなく褒めたりします。そうすることで、その後の会話が円滑に進むのです。

寿司店の激戦地区で己の信じた料理に打ち込む

 勤務するラグナビーチの345(さんしご)には、渡米以来のお付き合いのオーナーから誘われて移ってきました。ジェネラルマネジャーという肩書きなので、自分で握る以外にも、入り口でお客様を迎える仕事も曜日を替えて務めています。

 寿司を握りたいという人の面接も数多くやってきました。まず最初に聞くのは本当にこの仕事が好きなのか、もしくは好きになれそうかということです。人間、好きな仕事でないと続きません。仕方なくやろうとする仕事ならおすすめしませんね。

 面接で「何でもできます」と言う人を私は実は信用していません。経験上、そう言って何でもできた人にお目にかかったことがないのです。できる人とは多くを語らず、「まずは私の腕を見てください」と言いますね。自信がある人は、自分の仕事を見せれば一発で通じることがわかっていますから。

 日本で寿司の学校に行ったという人にヒラメをさばいてもらおうとした時のこと、その人が「頭が付いているから、さばけません」と言ったのには驚きました。普通、魚には頭が付いているでしょう。彼が言うには「学校では頭付きで教わらなかった」と言うわけです。やはり、実践でどれだけできるかでこの仕事は決まります。

 この近辺は、日本食好きの富裕層のアメリカ人が大勢住んでいますから、寿司レストランの競争も激しいです。しかし、他店が何をしているかに気を取られる必要はなく、己が信じている料理を作り続けて、お客様を大事にしていけばいいのだと思います。

 私をアメリカに送り出してくれた父も、この店で私の寿司を食べてくれました。その時に「手に職を付けるのが一番だな」と言ってくれたことが嬉しかったですね。

sakamoto-san

My Resume
●氏名:サカモト・コウイチ(Koichi Sakamoto)
●現職:「ラグナビーチ345」ジェネラルマネジャー兼チーフシェフ
●ビジネス拠点:南カリフォルニア・ラグナビーチ
●その他:趣味はゴルフ。
●ウェブサイト:www.okidokirestaurant.com

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福田恵子 (Keiko Fukuda)

福田恵子 (Keiko Fukuda)

ライタープロフィール

東京の情報出版社勤務を経て1992年渡米。同年より在米日本語雑誌の編集職を2003年まで務める。独立してフリーライターとなってからは、人物インタビュー、アメリカ事情を中心に日米の雑誌に寄稿。執筆業の他にもコーディネーション、翻訳、ローカライゼーション、市場調査、在米日系企業の広報のアウトソーシングなどを手掛けながら母親業にも奮闘中。モットーは入社式で女性取締役のスピーチにあった「ビジネスにマイペースは許されない」。慌ただしく東奔西走する日々を続け、気づけば業界経験30年。

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