プロダクション・コーディネーター
番地 章

文/福田恵子 (Text by Keiko Fukuda)

 高度な資格や専門知識、特殊技能が求められるスペシャリスト。手に職をつけて、アメリカ社会を生き抜くサバイバー。それがたくましき「専門職」の人生だ。「天職」をつかみ、アメリカで活躍する人たちに、その仕事を選んだ理由や、専門職の魅力、やりがいについて聞いた。

「状況に臨機応変に対処し 心折れずに取り組む資質が必要」

 テレビ番組の依頼を受けて、リサーチに始まり、アポ取り、取材陣の旅の手配、インタビュー、通訳、運転が私の仕事ですが、ディレクターを任されることもあります。日本から人が来ない場合、私がここで撮影クルーをはじめとする現地スタッフを集めて、機材も揃えてセットアップします。

 コーディネートに携わるようになったのは1989年、25年前になります。86年に映画の勉強のために、オハイオ大学の大学院に留学して、インターンとしてピッツバーグにあるPBS系列のテレビ局WQEDで働き始めたのがきっかけです。そこがNHKとの大型共同制作番組のシリーズものを手がけるということで、NHKの下で2年間プロジェクトを手伝うことになりました。ディレクターは一人でアメリカに滞在して、不慣れなことばかり、とにかくやることなすこと苦労の連続でした。

 お互いの(WQEDとNHKの)趣旨も違うということで、ディレクターは板挟みになり、調整するためにアシスタントの私もいろいろな経験を積むことができました。ディレクター帰国後は、一人残った私が資料を整理したり、ダビングしたテープを送ったり、追加取材したりと残務に当たりました。

 その後、93年にロサンゼルスビデオプロダクションズという会社に就職するために、ロサンゼルスに移って来ました。報道あり、NHKあり民放あり、コマーシャル撮影に至るまで、日本から依頼されたロサンゼルス制作の番組のコーディネート、ディレクター、ビデオエンジニアに音声の仕事まで経験しました。当時はセレブのインタビューの仕事も多く、何でもやりました。そして、独立してもやっていけるという手応えを感じた96年に会社を起こしました。会社名はB級映画にかけて、Bピクチャーズと言います。現在はNHKの科学シリーズ番組のアメリカ取材と撮影のコーディネートを多く手がけています。ハワイ島の天文台には、1997年以来、仕事で延べ130泊しています。普通の天文学者よりも私が一番あそこに通っているんです。

 この仕事に向いているのは、まずリサーチをいとわずにできる人です。あとは現場で臨機応変に、そして人とうまくやっていける人。撮影なんて、うまくいかないことだらけ、最初からうまくいくなら、私たちのようなコーディネーターは不要です。毎回、何かやるたびに生じる状況に対処して、しかも心折れないでやっていけることは、必要な資質です。

 独立して20年近く経ちますが、大変な時もありました。日本のテレビ局全体がある時期、アメリカに限らず海外取材を自粛したことがあって、その時は突然仕事がなくなりました。その間は趣味の剣道に打ち込んだり、航空会社のクルーの送迎の運転手のバイトをしたりもしました。しかし、ハリケーンのカトリーナが発生したために、ニューオーリンズに40日間の報道取材が入り、クビがつながりました。

撮影を事故なく安全に終えることが第一

 その後は運良く途切れることなく、今に至っています。特に次につなげる努力をしているわけではありませんが、毎回、撮影時には事故なく安全に終了させることを第一に心がけています。基本はサービス業だと考えていますから。そして、番組の趣旨を理解して、いい番組作りに貢献することですね。今だと東京から来るスタッフも皆、年下なんですよ。「こう撮ったらいいのではないか?」などといった私なりのアドバイスにも耳を傾けてもらえます。また、現在シリーズものを担当しているので、自分が動くだけでなく、コーディネーターをコーディネートするようなことが多いです。

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 近年の仕事で非常に大きな達成感を得られたのは、「渡辺謙アメリカを行く」という日系人に関するドキュメンタリーです。私自身も住んでいる地域の日系コミュニティーの人々と剣道を通じて知り合ったこともあり、戦争を体験した日系人の方々が高齢化して亡くなっていく今、日系人の歴史を取り上げることができて深い意義を感じました。

 この仕事をしていて良かったなと思える瞬間は、何度も取材したNASAや大学の研究者に久しぶりに会った時に、古くからの友達のような対応をしてくれることですね。なかなか撮れないようなシーンの撮影に立ち会えた時もまた感動します。10年後の将来については、剣道道場だけに打ち込んでいけたら、なんて夢も持っていますが、きっと仕事を続けているでしょうね。

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My Resume
●氏名:バンチ・アキラ(Akira Banchi)
●現職:プロダクション・コーディネーター
●ビジネス拠点:カリフォルニア州ロサンゼルス、出張ベースで世界各国
●その他:趣味は剣道で、5段の腕前。家族は妻と息子2人。ロサンゼルス近郊カルバーシティ在住。

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福田恵子 (Keiko Fukuda)

福田恵子 (Keiko Fukuda)

ライタープロフィール

東京の情報出版社勤務を経て1992年渡米。同年より在米日本語雑誌の編集職を2003年まで務める。独立してフリーライターとなってからは、人物インタビュー、アメリカ事情を中心に日米の雑誌に寄稿。執筆業の他にもコーディネーション、翻訳、ローカライゼーション、市場調査、在米日系企業の広報のアウトソーシングなどを手掛けながら母親業にも奮闘中。モットーは入社式で女性取締役のスピーチにあった「ビジネスにマイペースは許されない」。慌ただしく東奔西走する日々を続け、気づけば業界経験30年。

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