裏ななつ星紀行~高野山編 第六話

文/片山恭一 (Text by Kyoichi Katayama)
写真/小平尚典 (Photos by Naonori Kohira)

小説家・片山恭一と写真家・小平尚典が、開創1200年を迎えた高野山へ、旅に出た。

Photo © Naonori Kohira

Photo © Naonori Kohira

 高野山の夕暮れは早い。午後四時には、多くの観光客は帰る支度をはじめる。日のあるうちに宿坊に入り、夜中は宿を出ない、というのは四国遍路の心得でもある。私たちも高野町の茶原さんに送ってもらい、午後五時前には宿坊に入る。
 今回、高野山には二泊することになっており、一日目と二日目は別の宿坊を予約している。せっかくだから違うところに泊まったほうがいいでしょう、という茶原さんのアドバイスだ。宿も彼にピックアップしてもらった。もちろん、どの宿坊もそれぞれに趣向を凝らしているから、一概に優劣をつけるわけにはいかない。現在、高野山には五十余の宿坊がある。つぎに来るときには、また別のところに泊まろうと思っている。そうやっていろいろな宿坊に泊まるのも楽しそうだ。
 

Photo © Naonori Kohira

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 事務所のようなところで受付をしたあと、さっそく部屋に案内される。もとは大座敷だったものを、襖で仕切って八畳ほどの個室にしてある。隣の話し声や物音は聞こえるから、防音という点では完全ではないが、いつも仕事で利用するビジネスホテルなどに比べ、この緩いプライバシーの保たれ方は、どこか温かみがあって心地よい。
 夕食の前に風呂に入る。五、六人も入ればいっぱいになってしまう広さだ。さすがに温泉旅館のようなわけにはいかない。でも修行中の若い僧侶たちが掃除をしてくれているおかげで、清潔に保たれていて気持ちがいい。
 料理は精進である。会席形式で、本膳に二の膳、予算に応じて三の膳まで付いてくる。煮物、天ぷら、胡麻豆腐……どれも美味しい。きっと専門の調理人を置いているのだろう。酒は注文すれば快く出してくれる。昔から僧侶たちも「般若湯」と称して、酒を飲んでいたらしい。厳しい寒さを凌ぐためでもあった、と好意的に解釈してあげたい。私たちも麦般若を少々いただくことにした。
 「今日はビール一本にしとこうか」
 「二人で一本ですね」
 「そのくらいならいいだろう」
 どうやら小平さんも昨夜は飲み過ぎたらしい。私たちのような酒飲みには、案外、高野山はいい場所かもしれない。いくら快く出してくれるとはいっても、宿坊で酔っ払うまで飲もうという気にはならない。山内には飲み屋も、なくはないらしいけれど、わざわざ出かけようとは思わない。
 「健康的だよね」精進料理をいただきながら小平さんが言った。「料理は低カロリーだし、酒は飲みすぎないし」
 「おまけに超早寝・早起きですからね」
 「ときどきリハビリのつもりで来るといいかもしれないね」
 「ビール、あと飲んじゃってください」
 「いいの? じゃあ、ご飯の残り食べちゃって」
 なんて思いやりのある私たちなんだ! 弘法大師のお力だろうか、ここではなんとなく品行方正な人間になってしまうようである。人類がみんなこんな気持ちで暮らすことができれば、戦争なんて起こらないのになあ。
 

Photo © Naonori Kohira

Photo © Naonori Kohira

 
 現在の高野山の宿坊は、ほとんど普通の旅館や民宿と変わりない。トイレは水洗で、各部屋に冷暖房の設備があり、宿坊によってはテレビまで置いてある。いろいろな面で、宿泊者にたいして敷居が低い。お酒は自由に注文できるし、朝の勤行も瞑想も、参加は自由である。宿坊によるのかもしれないけれど、私たちが泊まったところにかんして言えば、厳しい規則や強制は何もなかった。硬いことは言わず、まずは高野山を楽しんでもらいたいという雰囲気である。こうした無理のなさが高野山の特色であり、海外からの客を数多く呼び寄せることにもなっているのだろう。
 寺院と堂塔伽藍が主体の高野山ではあるが、民家も多く混在している。現在、二千数百といわれる人口のうち、僧侶の占める割合は一割ほどらしい。大多数は在家の人々によって構成されているわけだ。山内には、小中高から大学、専修学院などの教育機関をはじめとして、病院、警察署、消防署、銀行、郵便局と、日常生活に必要なものはほぼ揃っている。町制がしかれているから役場もある。もちろん中心街には寺院に混じって、飲食店や土産物屋をはじめとする商店が軒を連ねる。コンビニも幾つか見かけた。
 もともと高野山は聖俗を合わせ持つ場所だった。別の言い方をすれば、世俗を排除しない傾向が強かった。だから「俗化」という言い方が適切かどうか、微妙なところだ。おそらく空海がひらいた真言密教の教えともつながっているのだろう。たとえば主著の一つである『即身成仏義』は、つぎのような問いからはじまっている。
 

諸の経論の中に、皆三劫成仏を説く。いま即身成仏の義を建立する、何の憑拠か有るや。

 
 「三劫成仏」とは、きわめて長い時間をかけて修行し、悟りに至ることで、大乗仏教における代表的な成仏論とされる。そのような「三劫成仏」にたいして、空海は「即身成仏」の義を立てる。この場合の「即身」には、「その身のままで」という意味と、「現世において」という意味があるだろう。さらに広く解釈すれば、在俗のままで、あるいは聖俗を超えて、ということになるだろうか。
 無限に長い修行など意味がない。また聖域という結界を張って世俗を排除する必要はない。閉鎖的空間に閉じ込もって修行することは、不必要であるという以上に危険である。それは独りよがりの肥大した観念のなかに、修行者を監禁してしまう。仏教のみならず、あらゆる宗教の目的が「衆生救済」にあるとすれば、普通の人たちが普通に暮らしている生活の現場で「成仏」しなければ意味がない。また自分だけの悟りには意味がない、ということでもあるだろう。
 さらに言えば、普通の人たちの願いや祈りのなかに尊さがある。仏像も伽藍も、それだけではただの彫像であり建造物だ。名もない無数の人たちが拝むことによって、仏像には心が入り、伽藍は尊く崇高なものになっていく。尊いのは人々の願いや祈りであり、崇高なのは人間の精神かもしれない。
 この世で通用する能力や才能など、たかが知れている。あれほど超人的な能力と才能に恵まれていた空海が、高野山の造営に苦労したこと、そして在世中には、私たちが今日目にしている塔堂伽藍の、おそらく何百分の一しか落成できなかったことは、理不尽さや無情さよりも、人間にとって大切なものは何かを教えているように思う。若いころの空海自身が、誰よりもそのことに自覚的だったのではないだろうか。だから高級官僚などつまらない、官僚養成所で学ぶ儒教など、たかだか世俗の作法に過ぎないと見切りをつけて、乞食僧に身を落とし山林を漂泊する道を選んだのだろう。
 


 

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片山恭一 (Kyoichi Katayama)

片山恭一 (Kyoichi Katayama)

ライタープロフィール

小説家。愛媛県宇和島市出身。1986年「気配」にて『文学界』新人賞受賞。2001年刊行の『世界の中心で、愛をさけぶ』がベストセラーに。ほかに、小説『静けさを残して鳥たちは』、評論『どこへ向かって死ぬか』など。

小平尚典 (Naonori Kohira)

小平尚典 (Naonori Kohira)

ライタープロフィール

フォトジャーナリスト。北九州市小倉北区出身。写真誌FOCUSなどで活躍。1985年の日航機墜落事故で現場にいち早く到着。その時撮影したモノクロ写真をまとめた『4/524』など刊行物多数。ロサンゼルスに22年住んだ経験あり。

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