第29回 いい男①

文&写真/樋口ちづ子(Text and photos by Chizuko Higuchi)

 家の売買と管理が仕事なので、職人さんとの日常的な付き合いがある。と言うより、お世話になっている。プラマー、エレクトリシャン、エアコンマン、ハンディマン。

 家の管理で一番怖いのは水の事故だ。早く対処しないと、ダメージが広がる。フローリングやカーペットが水を吸ってダメになり、壁の後ろにカビが発生する。おまけにどういう訳か、週末やらバケーションタイムという最悪の時に起こる。テナントさんからパニックした声で電話がかかる。夏の暑い日にはどこかの家でエアコンが壊れる。そこでハンディマンの登場である。

 緊急時に助けてもらうには、常日頃から彼らを大切にしていなければならない。よい働き手だったら、必ず同じ人を使う。仕事の量が増えれば、彼らは喜ぶ。だから突発事故が起こった時、夜中でも、現場に駆けつけてくれる。これは大変ありがたい。

 Sさんは12年の付き合いのある「困ったときの神頼み」のハンディマンだった。少々のことなら、何でもできる。失礼ながら、特別いい腕をしているという訳ではなかったが、最悪の時はSさんがいる、と頼れるのは、心強かった。事実、どんな時でも電話に出てくれ、頼むのが申し訳ない時間でも働いてくれた。

 ハンディマンは給料が月末に入るという訳でもないから、安定した仕事とは言いにくい。しかしSさんはいつも淡々として落ち着きがあり、人との応対がしっかりしていた。おごることも自分を卑下することもない。私語はいっさいしないが機嫌が悪かったことはない。中肉中背、がっしりした体格で、若い時はハンサムで、いい男だったろう。メキシカンの助手を3人使うボスであるが、仕事はペイントが付いた作業服を着た地味な仕事である。手はいつも汚れていた。

 彼は以前は大きいレストランを2軒持っていたそうだ。女性問題で、1軒を前妻に譲り1軒を子供に渡し、自分はレストラン時代に身につけた技術を生かしてハンディマンを始めた。レストランを手放したのは、女性にもてたことが原因だったようだ。女性から近寄られたと、勝手に憶測している。3人の妻はどの方も、背の高い人並みはずれた美人だともっぱらのウワサだった。

 3番目のメキシカンの子連れの奥さんがスラリとしてあまりにも人目を引く美人だったので「奥さんをどこかに働きに出したら?」と下衆な助言をする男友達などもいたが、彼は「僕は女房は働かせない主義だから」と断ったらしい。私は「女房は働かせない」と言う男性が嫌いではない。「家族は何をしてでも守る」男気がいい。

サボテンの白い花 Photo © Chizuko Higuchi

サボテンの白い花
Photo © Chizuko Higuchi

 ある時、不動産の仕事は大変な上に不安定だと、私がSさんに愚痴ったことがあった。その時「先の判らない人生だから面白いんじゃない?」と彼が言った。日頃こんな私語をしたことがなかったので、即答した彼の言葉が胸にささった。

 元気だった彼が倒れ、収入がなくなり、生活は困窮しているというウワサを聞いた。半年後に亡くなった。葬儀に参列した。かいがいしく葬式を取り仕切る子供や前妻、泣きじゃくる現在の妻、彼女たちの美しさがひときわ目立った。驚くほどの立派な葬儀だった。お棺を担いだ黒服姿の6人の中に、一人だけ助手のメキシカンのAが混じっていた。黒いジャンパー姿だった。ジャケットなど、持っていないのだ。

 Sさんに代わって今はAが私のハンディマンである。誰か知らないかと問われれば、Aを紹介する。生涯貸家住まいだったSさんだが、Aは安価な地域に家を買い、車庫は3個作って材料置き場にしていると話してくれた。「ボスが仕事を教えてくれたから、家が買えた」とAは言う。

 Aを紹介した方から電話が入った。「驚きました。Aは仕事が終わると、かたづけて掃除までして帰りました。水で洗い流して」喜ばれているのが、伝わる。

 「Aの師匠は日本人だったので、ボスに教えてもらったのです。」そう言って、私はニヤリとする。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう37年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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