裏ななつ星紀行~紀州編 第四話

文/片山恭一(Text by Kyoichi Katayama)
写真/小平尚典(Photos by Naonori Kohira)

小説家・片山恭一と写真家・小平尚典が、“真の贅沢ってなんだろう?”と格安ローカル列車の旅にでた。

Photo © Naonori Kohira

Photo © Naonori Kohira

 ワァッ! なんだこりゃ〜。ひと ひと ひと……と、いきなり冷静さを欠いているが、これは折口信夫の『死者の書』ではない、参道を埋める人の多さを描写しているのである。いったいどこから湧いてきたのだ、と自分たちも湧いてきたことを忘れて言い放ちたくなるほど、聞きしに勝る人の多さである。いやあ、まったくのお祭り騒ぎ。何年か前に訪れたときは、こんなふうではなかった。式年遷宮ブームが尾を引いているのだろうか。「スピリチュアル」という得体の知れない言葉もよくないのかもしれない。それにしても、物を喰いながら歩く若い人たちの姿が目につく。この寒空にミニスカートのきみ、みたらし団子食べながら歩くのはよしなさい。美しくないぞ!
 なぜか怒っている。でもまあ、これが本来の伊勢の姿なのかもしれない。江戸時代の末期には、遷宮の翌年に参詣する「お蔭参り」ブームなどもあって、伊勢は信仰を核とする巨大な観光地になっていたらしい。ご存知、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』では、弥次さん喜多さんが伊勢参りをしている。本来、東海道は伊勢を通らないから、わざわざ寄り道をして参詣したのだろう。文中「参宮の旅人たえ間なく、繁盛さらにいふばかりなし」と、門前町の賑わいを描写している。さすがは弥次・喜多、すでに二百年前に「裏ななつ星in伊勢道中」をやっていたわけである。
 俳聖・松尾芭蕉も生涯に何度か伊勢を訪れている。
 

 たふとさにみなおしあひぬ御遷宮(『泊船集』)

 
 元禄二年(一六八九年)には九月十日に内宮、十三日に外宮の遷宮式が行われたらしい。そのときの群衆の様子を詠んだものとされる。いかにも「押し合いへしあい」の様子が伝わってくる。江戸時代の庶民にとって、伊勢参りは一生に一度はかなえたい願いだった。先にも少し触れたように、とくに式年遷宮の翌年は、神の御蔭(加護)をこうむると考えられて参詣者が多かった。古い社殿のすぐ隣に新しい社殿を建てるため、遷宮後しばらくは新旧両方の社殿に参拝することもできる。
 内宮と外宮で有名な伊勢神宮だが、本来は他にも数多くの別宮、摂社、末社などを含む、神社の集合体である。このうち内宮は天照大神を祀り、三種の神器の鏡を御神体とする。一方、外宮の祭神である豊受大神は、もともと食物神で、現在でも朝夕に食事(水、飯、塩)を天照大神に差し上げるのが、大切な神事とされている。明治政府によって世襲が禁止されるまで、内宮の神主は荒木田氏が、外宮の神主は度会氏が代々務めてきた。内宮と外宮では、皇祖神を祀る内宮のほうが格式は上と考えられがちだ。こうした序列に対抗するかのように、中世以降、渡会氏が内宮にたいする外宮の優位性を強調して、豊受大神を中心とする度会神道(伊勢神道)を打ち立てる。そのあたりの歴史も面白いのだが、現代の弥次・喜多を自任するぼくたちは、「善男・歴シニア」という軽いスタンスでいってみたい。
 ところで、かつて内宮と外宮の門前町には、参詣者の宿泊や案内を生業とする「御師」と呼ばれる人たちの館が軒を連ねていたという。参詣者は御師の館に泊まり、彼らの案内で神宮に参拝した。先にも述べたように、伊勢神宮は多数の神社の集合体である。どこを、どんな順番でお参りすればいいのか、素人にはなかなかわかりづらい。旅に不慣れな人たちにとって、御師のような存在はありがたく、ずいぶん心強かったことだろう。今回、ぼくたちも長老のお知恵なども拝借して、できるだけ正しい仕方で参拝してみようと思う。
 まず鳥居の意味を正しく理解しましょう。これは一種の結界、ここから先は神様の場所であることを示すものです。ときどき鳥居の外側を通り抜ける人を見かけますが、やめましょう。ちゃんと潜らないといけません。神域に足を踏み入れるのだから、入るときと出るときには軽く頭を下げましょう。それと参道は真ん中を歩かないのがエチケット。真中は神様が通られる道です。手水で手を洗い、口を漱ぐことも忘れずに。冷たいからといって、省略してはいけません。これは一種の禊と考えましょう。手を洗うのは身体を浄めるため、口を漱ぐのは魂を浄めるため。心と身体を浄めた者に、神様は降りてきてくださるのです。
 では行きますよ。最初は外宮から。これが正しい参詣の仕方。ところで、お伊勢さんの内宮と外宮はけっこう離れた場所にある。どちらも人は多いし、駐車場も混雑している。それで多くの参詣者は内宮だけお参りして帰ってしまう。とくにバスでやって来る旅行会社のツアーなどは、熊野三山や高野山や白浜温泉にも行かなければならないので、慌ただしく内宮を拝み、おはらい町通りで伊勢うどんの昼食、あとは午後二時まで自由行動です、赤福でも買って、おでかけ横町などを適当に散策して下さい……などということになりがちだが、間違っている! 何が赤福か。そんな不心得者には、赤も黒もなければ、福も来ないぞ!
 と、なぜか本日の善男シニアは怒りっぽい。やはり伊勢という特別な場所が、厳格な気分にさせるのだろうか。それはともかく、外宮に祀られている豊受大神は、「大神」と呼ばれるほどの神格をもった特別な神様である。しかも大切な食べ物の神様とくれば、善男善女は努めてお参りしたい。一般の観光客には敬遠されがちな外宮は、内宮にくらべると人も少ない。境内の木々の雰囲気などは、むしろ内宮よりも神秘的で神聖な感じがする。時間のある方には、ぜひ外宮の参詣もお勧めしたい。
 

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片山恭一 (Kyoichi Katayama)

片山恭一 (Kyoichi Katayama)

ライタープロフィール

小説家。愛媛県宇和島市出身。1986年「気配」にて『文学界』新人賞受賞。2001年刊行の『世界の中心で、愛をさけぶ』がベストセラーに。ほかに、小説『静けさを残して鳥たちは』、評論『どこへ向かって死ぬか』など。

小平尚典 (Naonori Kohira)

小平尚典 (Naonori Kohira)

ライタープロフィール

フォトジャーナリスト。北九州市小倉北区出身。写真誌FOCUSなどで活躍。1985年の日航機墜落事故で現場にいち早く到着。その時撮影したモノクロ写真をまとめた『4/524』など刊行物多数。ロサンゼルスに22年住んだ経験あり。

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