第31回 柿もぎ

文&写真/樋口ちづ子(Text and photo by Chizuko Higuchi)

 秋になると楽しみに待っている一本の電話がある。それはロサンゼルスの南、オーシャンサイド近辺、ボンソールという別荘地に農場を持っている日本人妻Fさんからの電話である。

 「もうそろそろよ。次の日曜日に来て」答えは勿論、イエスである。内心、やったあと叫ぶ。ソワソワと仕事のスケジュールを組みかえる。一年に一度なんですから、万難を排して出かけます、柿もぎに。

 農場といっても、それはそれは素晴らしいもの。Fさんはアメリカ人の夫と始めたビタミンのビジネスで成功し、売却後、優雅な暮らしをされていた。本宅はサンクレメンテの丘の上にあり、大海原を180度見渡せる。農場は別荘だった。母屋の付いた1エーカーだったが、隣が売りに出た時、それを買い足し、敷地はなんと4エーカーもある。アメリカの典型的な中産階級の家の敷地の約30倍。広いのなんのって。家も敷地も大きいから、維持費も半端ではない。多種類のオレンジとアボカドの木があったが、数人のメキシカンの働き手を雇わなければとても手入れできない。雨の少ないカリフォルニアでは、水代も膨大なものになる。購買力、維持力、アメリカの豊かさは度肝を抜く。日本人には到底思い描けない生活である。

 敷地の真ん中に大きな池がある。ボートが浮かび、川が流れこむ。川の一角に巨大な岩があり、昔インディアンがそこに住んでいたという。彼らは水辺で、外敵から身を守れる場所を本能的に知っている。インディアンが住んでいた、といえばそれはそのまま、いつの時代でも人間が住めるとっておきの場所、ということになる。

 池の周りに野性アイリスの大群が広がり、ブナの林が連なる。林を切り開き、川に沿って、長い散歩道があった。夫が妻の為に作ったプライベートな散歩道。高く聳えるブナから木漏れ日が降りそそぎ、足元にドングリの実が転がる。なんて贅沢で、しあわせな友人だろう。

 外観は素朴なアドベ式農家だが、内部は高級住宅そのもの。キッチン施設は完璧で、大きなグラナイトのアイランド。その上にいつものメンバー8名のポトラック料理が並ぶ。

 まず、腹ごしらえから。彼女たちと一緒のおしゃべりは実に気持ちが良い。人のウワサをしない、悪口を言わない、自分の意見ははっきり言う。彼女たちが結婚して米国に嫁いだ40年前、周囲に日本人は一人も居なかった。夫は愛していても、夫の家族との付き合い、近所の人からの偏見。孤軍奮闘する中で、一女性から、日本という国を背負って孤軍奮闘したにちがいない。「親方日の丸」の反対である。日本女性なんだから、困難にくじけてはいけないと。今では苦労と涙を胸に封印し、にこやかに笑い合う。

 食事の後、運動靴にはき替え、手袋にハサミ、サングラス。Fさんを先頭に柿の木がある丘を目指したものだ。

 去年から先頭に立つのは、Fさんの夫になった。今年の柿はことの外、実が大きい。それを次々にハサミで根元から切り落としていく。収穫の袋はあっという間に一杯になる。もう一袋。

収穫した柿 Photo © Chizuko Higuchi

収穫した柿
Photo © Chizuko Higuchi

 「Fさん、今年の実は大きくて、よかったって思っているでしょうね」「私たちが取りに来たから安心しているでしょうよ」女たちの声が山間に響く。

 Fさん不在の柿もぎは今年で2年目になった。Fさんの夫は柿を食べない。「私がいなくなっても柿の木を切らないで。日本人の友だちを必ず毎年、柿もぎに呼びなさい」それがFさんの遺言だった。夫はそれを忠実に守っている。柿は熟すと甘いにおいを放つ。カラスや動物が来て周りのオレンジやアボカドも食い荒らす。柿は厄介で、切り倒したい木なのだ。

 Fさんは食欲がない、と数年言っていたが、すい臓がんが発見された時は既に第4ステージに進行していた。家族に自分の死後、本宅と農場をどう維持するかを指示し、静かに息を引き取った。柿の木のある美しい農場を残して。

 帰宅する我々の車のバックシートには袋一杯に燃えるような色の柿が輝いていた。

 Fさんの夫が言った。「また、来年ね」バックミラーに彼の姿が映った。夕陽を背に彼の黒い影がポツンと立っていた。「また、来年ね」と、彼につぶやく。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう37年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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