裏ななつ星紀行~紀州編 第八話(最終回)

文/片山恭一(Text by Kyoichi Katayama)
写真/小平尚典(Photos by Naonori Kohira)

小説家・片山恭一と写真家・小平尚典が、“真の贅沢ってなんだろう?”と格安ローカル列車の旅にでた。

南紀白浜の大絶壁「千畳敷・三段壁」 Photo © Naonori Kohira

南紀白浜の大絶壁「千畳敷・三段壁」
Photo © Naonori Kohira

 白浜では適当なホテルを見つけることができなかったので、小平さんの知り合いのご厚意で、会社の保養所のようなところに安く泊めてもらう。食堂の広い窓の外には、夜の太平洋が広がっている。夕食は幻の魚クエを使った鍋など、紀州の自然の恵みを堪能させてもらった。食堂の隣はラウンジになっており、ここでもぼくたちは、宿にお断りして持ち込ませてもらったワインや日本酒を飲みながら、夜が更けるまで歓談をつづけた。
 東大寺のお水取りからはじまった今回の旅、天理では山の辺の道を歩き、卑弥呼や邪馬台国について想像をふくらませ、伊勢では正しい参詣の仕方というやつを実践し、新宮では神倉神社から暮れなずむ太平洋を眺め、さらに那智大社にお参りして、紀州勝浦で親子丼を食べながら震災三周年を迎え、飛鳥・奈良の時代より先人に愛されてきた白浜で、いまこうして旅を振り返りながら、紀州田辺が生んだ偉人・南方熊楠にちなんだ「南方」を飲んでいる。
 「今回もいい旅でしたね」
 「やっぱりお水取りからはじめたのが良かったんだよ。旅をとおして神のご加護を感じたもの」
 「ぼくはメディアとの接触を断って暮しているのが、心と身体にいいような気がします。集団的自衛権やTPPのことなんか考えたくないなあ、せめて旅のあいだくらいは」
 「こっちは商売柄、旅行中もニュースはこまめにチェックしているけどね。STAP細胞をめぐる小保方晴子へのバッシングが、すさまじいことになっているよ」
 「嫌だなあ。大勢の男が寄ってたかって一人の女性をいじめるなんて、屍肉に群がるハイエナやハゲタカみたいじゃないですか。醜悪極まりないですよ」
 「そうだね。島国根性っていうのかなあ、日本人の悪いところだな。成功した人間が落ち目になった途端に、それ見たことかって感じで徹底的に潰してしまう」
 「きっと小保方さんが自殺するまでやめないんでしょうね」
 「なんだか暗い話になってきたね」
 「やめましょう。神様の話に戻りましょう」
 「やっぱり日本ってさあ、八百万の神々に守られているんだよ。そのことを今回の旅では強く感じだね」
 「同感です。もっと感謝しなくちゃいけないと思いました。お願いするばかりではだめだ」
 「つまり謙虚に生きるってことだよね。思い上がってはいけない」
 「その言葉をそっくり、安倍首相に進呈したいですね。つけ上がるな、増長するな。だいたいあの人は、神様の意味がわかっていないんだと思いますね。考えたことすらないんじゃないかな……いけない。また気分が悪くなってきた」
 翌朝は、オーシャンビューの温泉に入ってから、美味しい朝食をいただき、宿から目と鼻の先にある三段壁を散策する。天気はますます良くなっている。空には雲一つなく、日差しは汗ばむほど暖かい。一面に広がる真っ青な太平洋。目がくらむような絶壁の下で、何人もの釣り人たちが竿を振っている。どうやって下りたのだろう。波にさらわれたりしないのだろうか。最高の季節の、最高の日和に行き合わせた幸運。小平さんではないが、神の御加護を感じる。
 いい気分で写真を撮ったりしていると、宿を世話してもらった方から、耳寄りな情報が。
 近郊の救馬渓観音において、十二年にたった一日だけ、快慶の作と伝えられる御本尊の馬頭観音像が御開帳になる。たまたま今日が、その秘仏御本尊御開帳の日にあたるというのだ。なんという偶然。なにしろ十二年に一日である。こうなってくると、神の御加護も怖いくらいだ。知人の方のご厚意に甘え、さっそく車で救馬渓観音へ向かう。時間にして三十分くらい。御本尊が安置された本殿は、ビルの五階くらいのところにあり、そこまでかなりの段数の階段を上がらなければならない。参詣者のなかにお歳を召した方も目立つけれど、みんな黙々と登っておられる。
 ビルの屋上のような境内で、さらに三十分ほど列に並ぶ。こうした礼拝は、一日に何回か、時間を区切っておこなわれる。ぼくたちは十時三十分からの御開帳に間に合った。快慶作というから、千三百年ほど前のものだろう。思ったよりも小さな観音像である。ありがたくお参りして、記念に小さなお守りをいただく。裏面に「平成二十六年三月十二日御本尊御開帳救馬渓観音」と印が押してある。つぎの御開帳は十二年後、ぼくは六十七歳か……。
 そのまま車で和歌山市まで送ってもらい、昼は和歌山ラーメン。ここでは「中華そば」という呼び方が一般的だ。豚骨で出汁をとって醤油で味をつける。普段、ぼくが食べている博多ラーメン(長浜ラーメン)も豚骨スープなので、まったく違和感がない。各テーブルには細長いサバ寿司がピラミッド状に積み上げてある。これを勝手に取って食べるのが、ご当地の流儀。ここでも郷に入っては郷に従えで、さっそくやってみる。さっぱりしたお寿司は、ラーメンの濃厚なスープによくあう。でも、糖質の取り過ぎがちょっと心配です。
 あいかわらず暖かな日和、ぼくたちは市内を適当に散策し、最後に和歌山城の天守閣に登る。ここからは四方に和歌山市を望むことができる。中国人のお客さんが多いので、ニーハオ! 国際交流を果たしたあとは、和歌山駅から紀州路快速で大阪へ。改札を出たところで、近くにいた若い人にツーショットの写真を撮ってもらう。小平さんは夕方から大阪在住の仲間と打ち合わせ、ぼくはそのまま福岡へ帰るので、ここでお別れだ。
 「また近いうちに」
 「うん、ぜひやりたいね」
 「つぎの企画を考えましょう」
 「じゃあ、気を付けて」
 小平さんの笑顔に見送られ、ぼくは再び改札をくぐって新大阪へ向かった。新幹線のなかで、あらためて今回の旅を振り返った。
 多くの人が指摘するように、現在の日本社会は新自由主義的なマインドが浸透し、誰もが自分の利害だけを考えて生きる傾向が強くなっている。つまり個人が切り離されてアトム化し、ぼくたちは過剰に自己に閉じこもろうとする一方で、他者の気持ちを想像したり、思いやったり、共感したりすることが苦手になっている。同じ日本人どうしでも、排他的な感情が強くなっている。小保方晴子さんへのバッシングなどにも見られるように、弱い者がさらに弱い者をいじめるという構図が蔓延化している。
 とりあえず神様からはじめてみてはどうだろう。同じ神様に祈り、同じ無意識でつながる。日本の神様は、かならず自然とつながっている。神様に祈ることは、自然に祈ることでもある。そのことはアトム化された自己を開くことでもあり、ぼくたちの心と身体にいい作用をもたらす気がする。

<終わり>
 

大阪駅に無事到着、そそくさとおでん屋に向かう Photo © Naonori Kohira

大阪駅に無事到着、そそくさとおでん屋に向かう
Photo © Naonori Kohira

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片山恭一 (Kyoichi Katayama)

片山恭一 (Kyoichi Katayama)

ライタープロフィール

小説家。愛媛県宇和島市出身。1986年「気配」にて『文学界』新人賞受賞。2001年刊行の『世界の中心で、愛をさけぶ』がベストセラーに。ほかに、小説『静けさを残して鳥たちは』、評論『どこへ向かって死ぬか』など。

小平尚典 (Naonori Kohira)

小平尚典 (Naonori Kohira)

ライタープロフィール

フォトジャーナリスト。北九州市小倉北区出身。写真誌FOCUSなどで活躍。1985年の日航機墜落事故で現場にいち早く到着。その時撮影したモノクロ写真をまとめた『4/524』など刊行物多数。ロサンゼルスに22年住んだ経験あり。

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