第93回 噛む犬・ 噛ませる人間

文/寺口麻穂(Text by Maho Teraguchi)

 私は今まで犬に噛まれたことがありません。愛犬とだけの生活ならそんな人は珍しくないと思います。しかし、私の場合、仕事柄携わってきた犬の数は数千頭か、それ以上。それでも噛まれた経験がないのは、犬に噛ませないようにしてきたからです。今回は、噛む犬と、その裏にいる噛ませる人間についてのお話です。

「やめてください!」

 愛犬ジュリエットがまだ元気だった頃の話です。友達家族とBBQをした時、いつもジュリエットを可愛がってくれる男の子が、その夜は執拗にジュリエットを追い回し、べたべた体を触っていました。疲れていたジュリエットは必死で避けながら、私に一生懸命目配りをして助けを求めていました。しかし、大人たちは話に夢中。ついつい放っていたその時、ジュリエットが男の子の頬を鼻で突きました。びっくりした男の子は大泣き。ジュリエットはしっぽを丸め震えていました。幸い、鼻で突く程度だったので男の子が傷付くことはなかったのですが、がぶっと噛んでいたら一大事でした。ジュリエットは私に思い切り叱られましたが、ここで一番悪かったのは飼い主の私です。ジュリエットが必死でSOSを出していたのに仲介しなかったために、彼女は自分で何とかしようと、鼻で突く動作で表現したのです。私は自分の罪を深く反省し、二度と愛犬が「やめてください!」という気持ちを、噛むなどの行動に出させないようにしなければ、と心に誓いました。

 犬は不快を感じる時、色んな形で意思表示をします。しかし、それらを見逃してしまうと、犬は噛むという行動に出ることもあります。人を噛んでしまうと、「噛まれた人間」と「噛んだ犬」という二つの被害者を作り出してしまいます。なぜなら、人を噛んだ犬は「悪い犬」というレッテルを貼られてしまい、最悪のケースは殺処分に至ることもあるからです。

事故のないよう、大人が責任を持って子供と犬を監督する Photo © Maho Teraguchi

事故のないよう、大人が責任を持って子供と犬を監督する
Photo © Maho Teraguchi

犬を知る・犬を読む

 シェルターで勤務していた時は、噛まれても不思議ではないほど精神的にぎりぎり状態の犬を毎日扱っていました。そんな犬達に噛まれないためには、まず、彼らの「やめてください!」という理由と表現を理解する必要がありました。そして、こちらには敵意もないが、犬のことを恐いとも思ってないことを示し、どうしたら彼らから信頼を得て、安心を与えられるかということだけを考えました。助けたいという気持ちを誠心誠意で伝え、噛ませないようにしました。

 犬は理由なく人を噛みません。その理由の多くは、恐怖やストレスや欲求不満からくるものです。触られるのが嫌い、または人間が苦手なのに、上から手を出し、頭を撫でられた犬は恐怖でストレスを感じます。スペースをくれとサインを送っても人間が無視すれば、犬はどうしていいか困惑します。庭で一日中繋がれたままや、家から外に出たことがない犬は欲求不満で一杯です。そして、それらのストレス発散法を「噛む」という形に移すことも多いのです。犬が人を噛まないためには、犬がフラストレーションを溜めたり、恐怖感やひどいストレスを感じたりするような機会を作らないことです。犬は人間に説明も弁護もできません。正当防衛で人を噛んでも、「噛む=悪い犬」になります。犬と平和に共存するには、人間が、犬の習性や本能をしっかり学ぶ。犬をもっとリスペクトする。それが、犬と人間の快適な暮らしへのカギなのです。

 次回は、「容姿の落とし穴」と題し、見た目に囚われやすい人間と、見た目は関係ない犬との間のギャップについての話です。お楽しみに!

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寺口麻穂 (Maho Teraguchi)

寺口麻穂 (Maho Teraguchi)

ライタープロフィール

在米27年。かつては人間の専門家を目指しサンホセ州立大学・大学院で文化人類学を専攻。2001年からキャリアを変え、子供の頃からの夢であった「犬の専門家」に転身。地元のアニマル・シェルターでアダプション・カウンセリングやトレーニングに関わると共に、個人では「Doggie Project」というビジネスを設立。「人間に100%生活を依存している犬を幸せにすることが人間の責任」を全うするため、犬の飼い主教育やトレーニング、問題行動解決サービスを提供している。現在はニューヨークからロサンゼルスに拠点を移し活躍中。

プライベート/グループレッスン、講習会のお問い合わせは:www.doggieproject.com
ご意見・ご感想は:info@doggieproject.com

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