第49回 旅

文&写真/樋口ちづ子(Text and photo by Chizuko Higuchi)

Photo © Chizuko Higuchi

 仕事柄、いろいろな所に行くのは、あるいは行けるのは、恵まれていると時々思う。私の住むロス郊外のオレンジカウンティーは、典型的な郊外住宅地だ。明るく爽やかな平穏さと、それなりに豊かな生活がある。快適さがついつい日常になり、これが平均的アメリカ生活だと勘違いしてしまいそうだ。しかし、仕事や用事で、自分の生活圏から全くかけ離れた地域に出かけると、大げさな言い方かもしれないが、小さな旅をしたような不思議な高揚感を持つ。精神が揺さぶられる爽快感がある。春先は桜見物に日本へ帰国する人、ヨーロッパや、南アメリカへ、バケーションに出かける人も多い。非日常の世界にスリップする醍醐味を味わうには良い季節だ。しかし、そういう機会に恵まれない者にも、ロスのような都会はそれに似た体験を数時間のうちに提供してくれることがある。

数日前、ビバリーヒルズの一角にあるコンドに行った。目的地に向かってハリウッドドライブという長い美しい住宅街を車で走った。今冬の長雨のお陰で、ロスの春の街路樹はこれまでに見たこともない程に新緑の葉を茂らせ、生き生きと輝いて美しい。

目指すウィルシャー通りから、ロデオ通りにぶつかるその交差点に位置するビルが目的地だった。斜め向こうは、映画 “プリティーウーマン” の舞台となったビバリーウィルシャーホテルがある。ロデオ通りには名だたるファッションデザイナーの高級店が軒を連ね、ショーウインドウを飾るドレスはまるで芸術作品そのものだ。文句なく美しい。お値段もこの世のものとも思えないほど高価らしい。ルイヴィトンのバッグ、ジミーチューの華奢なハイヒール。世界の一流品と言われる商品をショーウインドウに見て歩くと別世界に紛れ込んだ気分になる。現実の世界ではないような。あたりを見渡せば、ひらひらのドレスで、折れそうな高い高いハイヒールで女性たちが歩いている。

待ち時間があり、時間つぶしのランチにはやはり下町のリトル東京に足が向く。そういう時は必ずお隣のフラワーディストリクトにも寄る。そこで売られている溢れる量の花は新鮮で、なおかつ格安だ。花々を手早くアレンジし、見る見るうちに豪華絢爛なフラワーアレンジメントを作ってゆくラテン系の女性たち。誰にでも親しみやすい笑顔で声をかけ、手は絶え間なく動き続けている。車道の片隅ではベンダーの女性がお好み焼きのような料理を手早く作って売っている。子供たちが傍で遊び、猫が昼寝をしている。生活感に溢れた彼女たちが作る独特の街の活気がある。

そこから日本人街との間にスキッドローと言われるホームレスの人たちのたまり場のサンペドロ通りを抜ける。段ボール箱からテントに変わった彼らの棲家もテントが古くなるにつれて、また、ゴミの散乱する荒れ果てた地域に逆戻りだ。相変わらず、亡霊のような姿の沢山の人が路上に溢れている。いつ来ても、人も街ももやが掛かったように霞んで見える。多くの人は精神を病んでいて、宿泊施設を嫌い、また、路上生活に戻るのだそうだ。それがスキッドローに住み慣れた彼らの日常なのだ。

日本人街では、やはり、手打ちうどんを食べ、今川焼きを買って広場で食べた。軒先にちょうちんが飾られた商店街を歩いていると、子供の頃の日本の街が思い出され、必要以上に日本人になってゆく。

約束の時間に、また、ロデオ通りに帰って人に面会する。街行く人は信じられないほどにドレスアップして、まるで夢の中の出来事のように私には映る。私の日常から程遠い世界だからだろう。

沢山のものを見たがゆえに、あることを感じ、それが何なのかを考える。自分の日常からかけ離れた世界が沢山あること、それぞれに違った価値観の中で生きている違った人々がいること、世界の広さ、大きさをぼんやりと考える。

見ること。大きく目を開け、あらゆるものを見ること。それが旅というものであろう。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう37年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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