コミュニケーションの架け橋になろう

読者の皆様のなかで、アメリカの日系企業に勤務されている方はどれほどいらっしゃるでしょうか。

日系企業に勤めていると、どうしてもぶつかるのが言語の壁。会議などでも、英語が得意でない日本人が複数名集まると、どうしても日本語で会話が進みがちとなり、現地社員は議論から置き去り……というシーンも一度は見たことがあるのでは。そんなのはもう慣れっこ、という現地社員もいますが、同じ会議室内で見えざる壁があり、日本語が分からない社員がぽつんと孤立して議論が終わるのを待っている……という光景は、いつ見ても歯がゆいものです。

また、逆のパターンも然り。会議がどんどん英語で進んでいくなか、それについていけない日本人の出席者が置いてけぼりになっているケースもありますね。日本人はシャイな方が多いためか、会話の途中に割り込んで質問するようなことはないので、結局議論に参加できずじまい……という状況も、少なからず見かけたことがあるかと思います。

私も、今でこそ何の問題もなく英語で業務を遂行できるようになりましたが、アメリカへ留学した当初は様々な言語の壁を経験しました。

私の留学先はルイジアナ州の大学。場所柄、日本人生徒はほとんどおらず、英語もおぼつかない私はとても心細かったのを覚えています。そんな中でも、だんだん友達はできていきました。顔の系統が似ているので安心するからなのか、それとも同じ留学生という立場で心が通いやすかったからなのか、アジア系留学生の友人が多かったです。

ある日、そのアジア系留学生の女友達3人から「うちでポットラックランチ(=各自持ち込みのカジュアルランチ)をするのだけど、遊びに来ない?」と誘われました。呼んでいただいたのも嬉しかったし、彼女達が作った本場のアジアンランチが食べられるということで、とても楽しみ。自分も得意の和食を作り、その友人宅へ持って行きました。

ランチは予定通りに始まったのですが、その3人は皆同じ国から来た人達。当然ですが、会話はすべて彼女達の言語で進みます。最初の10分程度は私に気を使ってくれ、時折英語の通訳も入れてくれましたが、その後の2時間はノンストップ。私はただその場に座り、3人が楽しそうに談笑しているのを笑顔で見ているのみ。この2時間が永遠に感じました。

私なんでここにいるんだろう。終わって自分のアパートに戻ったあと、涙が出てきました。

今やアメリカ生活も20年弱。今ならこんな場合どうするかの心構えもできていますが、当時は留学したばかり。ものすごくショックでつらかったのを覚えています。

この経験をもとに、「言葉が分からず孤立してしまっている人がいれば、積極的にコミュニケーションの架け橋になろう」と決めました。

企業で働く環境となった今、私達はどんなことができるでしょうか?
何か大仰なことをしなければ、などと気構える必要はありません。小さなことでも大丈夫。例えば、英語の不得意な日本人駐在員の方が会議で置き去りになっているのを見たら、さっとさりげなく横に座って会議の進捗状況を訳し伝えるといったサポートでもいいと思います。また、現地の社員が日本へ出張に行き、会議中や食事中に日本語の会話に入れていなければ、会話の内容をかいつまんで適宜説明するなどといった心遣いもいいですね。

こういった小さなサポートは、女性社員の方が向いているようです。

双方はまったく悪気がないのに、言葉の壁があるがために嫌な思いをさせてしまうのはつらいこと。私達ができる小さな心配りで、日米双方の不信感や疎外感などを少しでも減らすお手伝いができればいいですね。

同じアメリカで働く女性の皆様、今日も一日頑張っていきましょう!

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北村祐子 (Yuko Kitamura)

北村祐子 (Yuko Kitamura)

ライタープロフィール

在米19年。津田塾大学を卒業後に渡米し、ルイジアナ大学でMBAを取得後、テキサス州ダラスにある現在の会社で勤務すること16年目。シニアマネージャーとして半導体関係の部品サプライチェーン業務に関わるかたわら、アメリカで働く日本人女性を応援しようと日々模索中。モットーは、「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス」。

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