そこにしかないものに出会う旅

文&写真/石井光(Text and photo by Akira Ishii)

アメリカはとてつもなく広い。飛行機、鉄道、車、どの手段でも長距離の移動はやっかいだ。近年はテレビやインターネットが普及し、旅に出なくても、映像によってその場に行ったような気になることができる。しかし、やはり目で見るだけでなく、五感すべてを使い全身でその場所を受け止めたい。今回は、移動で苦労しても実際に体験したい場所を、3カ所ご紹介したい。

ワシントン州シアトル

東海岸に住んでいる今、恋い焦がれているものがある。以前に住んでいたシアトルのカフェや町の雰囲気だ。シアトルはスターバックスの1号店やRESERVE ROSTARYが有名ではあるが、それ以外にもCafé Ladro, Café Darte, Café Vita, Uptown Café, Cherry Street Café, Top pot Doughnuts, Café Umbriaなど、名前を挙げればキリがないほどだ。

なかでもシアトルのダウンタウンとクィーンアン地区に合計3軒、ベインブリッジ島に1軒あるだけのStoryville Coffeeは、個人的にもっとも好きなカフェだ。Storyvilleはもともとコーヒーの機器の通販から始まり、機器だけでなくコーヒー豆の販売も行っている。通販でも正直買うことはできるのだが、やはり実店舗でコーヒーを楽しみたい。

観光で行きやすいのは、パイクプレイスマーケット店だ。魚を投げ渡すパフォーマンスで有名な魚屋の、斜め向かいのビルの中にある。フェリーが行き交うピュージェット湾を眺めながら、朝は宇宙を思わせる静かめな音楽の中、隣の人とのぜいたくなくらい間隔をとって楽しむフレンチプレスやコータードは絶品だ。午後は全席が埋まり、人々の会話や音楽で賑やかな中、コーヒーが楽しめる。

パイクプレイス店にほど近い港からフェリーに乗って、約30分のところにあるベインブリッジ島。シアトルの通勤圏にあるのどかな島だが、夏の週末にはシアトルからのんびり時間を過ごす人がやってくる。

港から歩いて30分ほどでStoryvilleの工場兼カフェに着く。そのカフェも、コーヒーを愛する人たちの息遣いを感じながらコーヒーが楽しめる場所だ。柔らかく大きなソファに深く腰かけてゆっくり過ごす時間。情景や香り、そこにいる人が作り出す雰囲気で楽しむコーヒーは、家では味わうことができない。シアトルのカフェ文化、未体験の人には、ぜひ試してほしい。

カリフォルニア州サンフランシスコ

1990年代からメジャーリーグの本拠地は、野球を見るだけの場所というより、青空のもと野球観戦がより楽しめるボールパークとして発展している。趣向を凝らした各地のボールパークをテレビの映像で見るだけでも楽しいし、試合もエキサイティングだが、やはり、その場に全身を浸して雰囲気を楽しみたい場所だ。

なかでも、サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地AT&Tパークは、全米でもっともベースボールと周りの景色が一体化した場所だと私は思う。ライト側が海に面しているこのボールパークでは、座席から鮮やかな芝生の緑が見えるだけでなく、青い空、サンフランシスコ湾の深緑と対岸のカリフォルニアの山々が目に入り、心地よい潮風も時折感じる。

レフト側の客席には大きなグローブ、巨大なコカ・コーラのオブジェ。ボールパークの中も外もぐるっと一周できるつくりなど、遊び心満載だ。

外からでも海からでも見てみたいのは、ライトフェンスあたり。海上には、船や小さなゴムボートで、いつ飛んでくるかも分からない、飛んでこないかもしれないホームランボールを待っている人たち。ユニオンスクエアからも歩いて行けるところにあるので、サンフランシスコに行ったら、何はさておき訪れたい場所だ。

東海岸でしか飲めない地ビール


交通や物流網の発展による、地方で生み出されたものが現地に行かなくてもほかの州で楽しめる。たとえばビール。サンフランシスコのAnchor Steam, テキサスのShiner Bock、ウィスコンシンのLeinenkugel’s、シアトルのElysianなど、住んでいた時に日々味わっていたビールが東海岸でも楽しめるのは消費者としてはありがたい反面、旅行業に携わるものとしては、簡単に手に入ることが少し淋しい。

しかし、テキサスや西海岸に住んでいた時に、飲みたくても飲めないビールがあった。ニューヨークやニュージャージーの酒屋ならどこでもあるYuenglingだ(日本語的にはインリンと発音する)。2019年2月時点で、東部、中西部、南部22州で買うことができるが、アメリカの西半分にお住まいの方や日本在住者で飲んでみたい場合、東に来るしかない。

ニューヨークから車で西南方向へ約2時間半、ペンシルバニア州Pottsvilleという小さな町に、Yuenglingのビール醸造所がある。1829年にできた全米最古のビール醸造所で、現在も同じ町でビール造りを行っている。醸造所を見学し、最後に2種類のビールの試飲が無料でできる。工場見学ツアーは1〜3月は月〜金、4〜12月は月〜土に行われている。

多くの機械はオートメーション化され、新しい技術が取り入れられているものの、外観や工場内の至る所に19世紀の面影が見られる。

工場の周辺やPottsvilleの町並みを歩いてみる。アメリカが大国ではなくまだまだ若かった頃、ヨーロッパから移民としてやってきた人たちが、自国で作っていたものを再現しようと努力したエネルギーや、このビール醸造所を中心に発展してきた歴史を体感できる。

移動に時間のかかる旅行は、疲れることかもしれない。しかし、そこにしかない何かを体験することができる旅は、生きる活力になり、自分自身に新たなエネルギーを生み出すのだと、私は信じている。

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石井光 (Ishii Akira)

石井光 (Ishii Akira)

ライタープロフィール

旅行会社勤務。広島出身。在米12年。ジョージア、ウィスコンシン、ニュージャージー、テキサス、カリフォルニア、ワシントン州を経て、現在2度目のニュージャージー生活。その間アメリカの都会から地方まで40州200都市以上を訪問。あるときは真正面から、またあるときは裏側から、アメリカ各地をご紹介します。

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