女性リーダーシップシリーズ③:「Mission」

先月、2024年に新デザインの紙幣が発行されることが発表されました。しかも、私の母校である津田塾大学を創設された津田梅子女史が、新五千円札の顔に選ばれたとのこと! 卒業生としても嬉しいかぎりです。今月はこの津田梅子に触れながら、女性リーダーシップシリーズ第3回目のキーワード、「Mission」について考えてみましょう。

Missionは日本語で「使命・任務」という意味です。ちょっとヘビーな質問になるかもしれませんが、今までの人生で、「自分のMissionって何なんだろう?」と考えてみたことはありますか? それとも、日々の流れに任せながら何となく毎日を過ごしているでしょうか。

津田梅子の話に戻りましょう。
梅子は1871年に、当時6歳という幼い年齢で、5人の女子留学生の一人として岩倉使節団とともにアメリカへ渡り、英才教育を受けました。その後、17歳になった梅子は帰国。そこで、日本の女性が高等教育を受け、活躍できる場がいかに少ないかということにショックを受けたそうです。

その後、梅子は1889年に再度アメリカへ留学。3年を過ごした後に帰国し、1900年に、華族平民すべての日本女性の教育向上をMissionとした「女子英学塾」を設立しました。この学校は、それまでの花嫁修業や行儀作法に特化した女子教育とはまったく違う、進歩的な教育の場として大変な評判となりました。その後、女子英学塾は津田塾大学となり、今も社会に貢献する女子教育を推し進めています。

この津田梅子の生き方は、私が憧れる女性ロールモデルの一つです。彼女のような素晴らしい方と自分を照らし合わせるのも大変おこがましいのですが、日本から未知の国アメリカへ飛び込んだ女性として、共感する思いがたくさんあるのです。当然ですが、当時は飛行機などない時代。6歳の女の子が親元を離れ、船旅でまったく知らない異国へ渡って留学するなんて、どれほど心細く大変だったことでしょう。

私も、まだ日本で大学生だった頃に「ほかの国を見てみたい。本場の英語を勉強してみたい」という思いだけを胸に、一度も行ったことのないアメリカへ単身で飛び立ちました。今思えば、親もよく許してくれたなと思います。当時はインターネットもなく(あまり書くと年齢がバレますが)、日本の親や友人への連絡手段は手紙と国際電話でした。しかも国際電話は通話料が高額なため、貧乏学生の私にとってそうそう毎日できるものでもない、ぜいたく品でした。アメリカでの生活は山あり谷ありで大変なこともたくさんありましたが、それ以上にすばらしい経験もたくさん積むことができ、あっという間に在米21年。今に至っています。

アメリカでの最初の10年は、目の前の仕事を日々こなしていくことで精一杯でした。でも、ある日ふと「私のMissionって何だろう?」と考えるようになったのです。日本人だけど、何かのご縁でアメリカに住むことになった自分。この人生で学んだことを生かし、何か社会に貢献できないだろうかと考えるようになったのです。

私は何が得意で何が好きなのか、パッションはどこにあるのか……などをいろいろと考えた結果、「日本語・英語ができるという強みを生かして、日米の架け橋になるような役目をしたい。働く女性の一人として、ほかの働く女性を応援できるような人になりたい」と考えるようになりました。今ではこの思いを自分のMissionとして、本編のような働く女性を応援する記事を執筆したり、女性リーダーシップを進める会を社内外で主催したりしています。

いったんMissionが決まると、自分が何をすべきなのかといった方向性が自ずと決まってきます。するとおもしろいもので、なぜか、どこからか自分でも思っていなかったヘルプの手が差し伸べられてくるものです。活動を通して、思いもよらない人と知り合えたり、新しいプロジェクトが生まれたり。たった一つのMissionから得ることができた糧は計り知れません。

今まで一度も自分のMissionを考えたことがない方、ちょっと立ち止まってみませんか? なぜ今自分はアメリカにいるんだろう、一番情熱を注げることは何だろう……と突きつめていくと、あなただけの答えが見つかるかもしれません。

参考サイト:
https://iyashitour.com/archives/35943
https://bushoojapan.com/tomorrow/2019/04/09/82424

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北村祐子 (Yuko Kitamura)

北村祐子 (Yuko Kitamura)

ライタープロフィール

在米21年。津田塾大学を卒業後に渡米し、ルイジアナ大学でMBAを取得後、テキサス州ダラスにある現在の会社で勤務すること18年目。ディレクターとして半導体関係の部品サプライチェーン業務に関わるかたわら、アメリカで働く日本人女性を応援しようと日々模索中。モットーは、「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス」。

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