50州分の税務が待っている ─Nexus という見えない申告義務

【米国ビジネスのリアル:第1回】 文/酒井紀幸(Text by Noriyuki Sakai)

日本企業の米国事業運営は、連邦・州・地方自治体ごとに制度が異なり、、連邦・州・地方自治体ごとに制度が異なり、税務・会計・コンプライアンスも複雑で、高いハードルがあります。

このコーナーでは、日米両方の実務に精通した米国公認会計士が、米国事業を「よくわからない海外プロジェクト」から、経営者が理解し判断できる「回るビジネスシステム」へ変えるためのポイントを、日本語でわかりやすくお届けします。

米国進出を検討している経営者の方と話していると、税務の話題になった瞬間に温度が下がることがあります。よくわからないけど専門家に任せておけば大丈夫だろう、と。ただ、米国の税務は日本のそれと構造がまったく違うため、任せる前に経営者自身が仕組みを一度掴んでおく必要があります。最終的に判断責任を負うのは経営者自身だからです。

シリーズ初回は、米国税務の入口にあたる Nexus(ネクサス)について整理します。

米国は50の税務当局を相手にする

日本では本社が東京にあれば大阪や福岡に営業拠点があっても、それぞれの府県に法人税を個別申告する必要はありません。

米国はここが違います。連邦の税務(日本の国税に相当、IRS が担当)とは別に、事業活動をしている州ごとに、州法人所得税や売上税などの申告義務が個別に発生します。この州との「つながり」を認定する基準が Nexus です。

そして厄介なのは、Nexus は経営者が意図しないところで発生することです。

気づかないうちに入る2つの Nexus

ひとつは Physical Nexus(物理的なつながり)。オフィス、倉庫、在庫、従業員がその州にあると発生します。近年増えているのは、本社のある州以外に住むリモート従業員を1人採用したことで、その州の Nexus がオンになるケースです。採用した瞬間に、その州での外国法人登録(他州で事業する場合の登録手続き)、州法人税申告、給与税口座の開設、労災保険の加入まで一気に発生します。

もうひとつは Economic Nexus(経済的なつながり)。2018年の Wayfair 判決(注1)以降、その州に物理的な拠点が一切なくても、売上が各州の定める一定基準を超えると売上税の徴収・納付義務が発生します。基準額は州ごとに大きく異なり、多くの州で年間 $100,000〜$500,000 程度の範囲に収まります。オンライン販売を伸ばしている会社は特に、監視すべき州が増え続けます。

州が1つ増えると、いくら増えるのか

Nexus の本当のコストは、州に払う税金そのものではなく、管理費用です。

法人所得税の Nexus が1州増えると、外国法人登録、登録エージェント、年次報告書、州の最低税(赤字でも発生)、そして CPA への州税申告費用が、通常セットで乗ってきます。州により幅がありますが、一般的な州の法人所得税申告で年間 $3,000〜$5,000(約45〜75万円)程度が目安です。5州、10州と広がれば、それだけで年間数百万円の管理コストが恒常的に発生します。

対応の考え方

Nexus は「避ける」論点ではなく「設計する」論点です。実務では次の3つのアプローチを起点にお勧めしています。

一つ目。拠点・在庫・従業員は、事業計画上で必要な州にのみ意図的に置く。

二つ目。有形商品の販売については、他州のお客様への訪問営業に対して、州法人所得税からの一定の連邦法上の保護があります。ただしこの保護は有形商品の販売勧誘に限定され、サービス業・SaaS・ライセンスビジネスには適用されません。近年は各州が保護範囲を狭める方向で解釈を強めており、「営業マンを出張させれば安全」という時代ではなくなっています。

三つ目。オンライン売上は、州ごとの基準を四半期ベースで監視し、閾値の手前で登録判断を行う。

早い段階で地図を持つ

米国税務でよくある失敗は、事業を数年動かした後に未登録州での申告漏れが発覚し、遡って本税・罰金・利息を負担するというパターンです。特に申告書自体を提出していない期間については、時効がそもそも開始しないため、何年前まででも遡って請求され得ます。申告書を提出していれば通常は3〜4年(州により異なる)で時効が完成しますが、未登録・未申告のまま時間が経った州は、この時効の保護をそもそも受けられません。

だからこそ、Nexus は事業計画の段階から地図を持って始める意味があります。どの州に物理的拠点を置くか、リモート従業員をどう配置するか、オンライン販売の伸びをどう監視するか。これらは税務担当者だけの論点ではなく、経営判断の論点です。

次回は、州法人税と並んで見落とされやすい売上税(Sales & Use Tax)の実務を取り上げます。

(注1)米国において「物理的な拠点が州内になくても、売上高や取引件数などが一定基準を超えていれば、州政府は売上税(消費税)を課税できる」とした最高裁判所の歴史的な判決

本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の税務・法務・会計アドバイスを構成するものではありません。実際の適用にあたっては、貴社の顧問専門家にご相談ください。記載内容は執筆時点のものであり、その後の法令改正等により変更される場合があります。

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酒井 紀幸 (Noriyuki Sakai)

酒井 紀幸 (Noriyuki Sakai)

ライタープロフィール

酒井 紀幸 (Noriyuki Sakai, CPA)
Majordomo Komon, P.C. President & CEO

カリフォルニア州立大学サンノゼ校卒業後、スタートアップ企業にて経理・人事・総務部門を約5年間統括。その後、Nagano Morita LLP、Premier Kaikei LLP などの日系会計事務所に約6年、PDM LLP などの米系会計事務所に約6年勤務し、日本企業の米国事業に対する監査・税務・アドバイザリー業務に従事。2024年、Culver City に Majordomo Komon, P.C. を設立。日米クロスボーダー会計、経営数値の整理・仕組み化、移転価格、月次・年次決算体制の構築を中核に、保証業務および税務コンプライアンスを含む総合的な会計サービスを提供。ジェトロ・ロサンゼルス事務所 会計・税務アドバイザー(FY2026)。南カリフォルニア日系企業協会(JBA)商工部会 副部会長を歴任。ネバダ日本商工会議所(Japanese Chamber of Commerce of Nevada)創立役員・Treasurer。
趣味はCrossFit、料理、ラグビー。

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