シカゴ、量子電算産業の集積都市化をねらう 〜 世界最大級の専門産業パークを建設中、過去の機会逸失から挽回をねらう

20世紀に製鉄所が栄えたシカゴ南部のミシガン湖沿いの地域に、世界最大級の量子電算産業集中地区が整備されつつある。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、シカゴとイリノイは、米中西部が成長産業の集積都市化に失敗してきたため、量子電算の集積地域としてシカゴ周辺を活性化させることで、次なる成長産業の世界的拠点になるという野心的計画を進めている。

▽乗り遅れから巻き返しへ

イリノイ・クアンタム&マイクロエレクトロニクス・パーク(Illinois Quantum and Microelectronics Park)と呼ばれるその地区には、量子電算技術の商業化と利用を目指す会社や研究施設が集まる見通しだ。

シカゴはこれまで、デジタル技術が率いる経済成長に乗り遅れてきた。シリコン・バレーやシアトル、ボストン、ワシントンDC郊外、オースティン、デンバー、そのほかの地域が達成したような繁栄をシカゴは謳歌していない。しかし、同市およびイリノイ州では、これから本格化が期待される量子産業の波に乗ることで巻き返せることに期待をかけている。

量子コンピューターは、現行のコンピューターでは解決できない問題を解決する可能性がある。現時点では、たとえば治療不可能の疾病の治療薬を開発したり、電気自動車の電池にとって最適の物質を発見したりするのに貢献すると期待されている。

また、量子検知器は測位や測定の精度を高めると見込まれる。そのほか、量子通信網は、データをより安全に伝送できる。ドナルド・トランプ大統領は最近、量子技術の振興と活用をねらいとした二つの大統領令を発令した。

▽長年にわたる研究基盤が武器

シカゴとその周辺地域には、シカゴ大学やイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校、アルゴンヌ国立研究所、フェルミ国立加速器研究所をはじめ、量子物理学の分野で長らく先端的地位を築いてきた世界的研究機関が複数存在する。したがって、シカゴの新しい量子産業集積拠点が優位に立てるというのが関係者らの期待だ。

「われわれ米中西部はこれまで長きにわたって、大量かつ優秀な研究者や技師を東海岸と西海岸の大都市に輸出してきた」と、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校工学部教授のハーリー・ジョンソン氏は話す。同氏は、イリノイ・クアンタム&マイクロエレクトロニクス・パークの最高責任者を務める人物だ。「そういった人材のすべてをこの地域にとどめる先端産業を創造したい」と同氏は強調した。

シカゴの量子電算開発構想を最初に提案し、州の予算5億ドルを確保したJB・プリツカー知事は、同構想がイリノイ州の経済成長を刺激すると説明している。「従来の成長分野よりもはるかに急成長している産業に身を置かなければならない」とプリツカー知事は話し、量子電算集積地区の整備がその機会だと強調した。

▽業界大手や新興企業らが拠点を設置へ

同地区の開発計画は数年前に動き始め、2025年秋の起工以来、建設工事が急ピッチで進められている。全米でも有数の量子技術拠点になろうとするシカゴとイリノイと同様の取り組みは、コロラド州ボウルダーといったほかの都市でも進められている。その競争を制するのがイリノイ州の目標だ。

すでに完成間近の建屋には、量子電算新興企業サイクアンタム(PsiQuantum、パロ・アルト拠点)が開発した世界最大級の量子コンピューターが設置される。構築のための部品は今夏以降に到着予定だ。また、IBMも独自開発の量子コンピューターを設置し、2030年までに約750人を雇用する計画だ。

ほかの建設計画には、州の予算で建設される2棟の建物があり、そこには量子コンピューターに関連するアルゴリズムとソフトウェアの研究に携わる学術機関と民間企業の研究者たちが勤務する見通しだ。さらに、フランスやオーストラリア、コロラド州の新興企業らが同地区内に量子コンピューターを設置し、研究&開発拠点を置くことを約束している。

▽可能性に賭ける産学官連合

量子電算技術への賭けには、当然ながらリスクがともなう。大規模での普及と商業化には、巨額の先行投資以外にも、NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)からFTQC(Fault-Tolerant Quantum Computing)への移行という未解決の技術的課題もある。過去何年かのあいだに複数の大学で開発されたノウハウの商業化を推進するためにいくつかの産業地区が整備されたが、成功事例はない。

プリツカー知事はそれでも、「州が大型投資を実行してリスクをとるだけの大きな価値が量子電算にはある」と強調する。同氏によると、イリノイ州政府からの投資に加えて、民間企業らがこれまでに約束した投資は総額50億ドル前後に達している。

シカゴとイリノイの量子電算集積都市化構想の支持派がよりどころとする要素の一つは、シカゴ大学の実績だ。同大学は、過去10年以上をかけて量子技術関連の産業を振興してきた。2021年には米国初の量子加速器を設置し、新興企業がら使えるようにした。そのうち数社がシカゴ地域の会社だ。

シカゴ大学と地元の産業界、自治体はまた、産学官連合のシカゴ・クアンタム・エクスチェンジ(Chicago Quantum Exchange=CQE)を2017年に立ち上げ、同分野の専門家や研究者たちと会社らを結びつける取り組みを展開している。

▽地元再興に期待を寄せる地域住民

イリノイ・クアンタム&マイクロエレクトロニクス・パークを取り巻くかいわいは、新しい経済成長の原動力を渇望している。シカゴとその周辺はかつて、USスティールや他社の鉄工所が数万人という雇用を維持し、シカゴの高層ビルや全米の鉄道の建設をささえた。しかし、1980年代から1990年代に縮小や廃止があいついで以来、地域経済は回復していない。かつて鉄鉱石を貯蔵した建物のほころんだ壁は、建設中の量子パークの一角にいまでも存在している。

同地区(量子パーク)の鉄工所に父が長年勤め、同地域で育ったホルヘ・ペレス氏(53歳)は、結婚後も子ども時代からの家に住み続けていたが、2013年に近所で男性が殺害されたあと、妻に請われて1マイル南に引っ越した。開発区域からほど近い場所で小さなパン屋を営んでいるが、父からは、廃れ切ったこの地区の店を手放すよう何度となく勧められてきたという。

「『何かがきっと起こる。何らかの機会はかならず来る』とペレス氏は父には言い続けてきた。32年かかったが、それが起ころうとしている」と同氏は話す。同氏は最近、「量子ドーナツ」という新商品を販売し始めた。

▽高水準の雇用機会の創出

ジョンソン氏によると、民間企業らがこれまでに打ち出した同地区での恒常的な雇用計画は1000人ほどだ。ただ、5年から10年後には数千人規模の雇用機会が創出されると同氏は見積もっている。博士号水準の研究者や技師、工学者から、基幹設備を保守管理する熟練労働者まで幅広い分野での雇用機会が生まれると期待される。

シカゴのコミュニティー・カレッジ群は、技能を習得した卒業生らを同地区に送り込むために、見習い制度を立ち上げる準備を進めている。

2027年初めには、設置済み量子コンピューターの性能試験をサイクアンタムが開始し、時間をかけて規模を拡大していく計画だ。商業目的での使用に十分な機械が完成するのは2030年近くだろう、と同社は見積もっている。

(Gaean International Strategies, llc社提供)

この記事が気に入りましたか?

US FrontLineは毎日アメリカの最新情報を日本語でお届けします

最近のニュース速報

アメリカの移民法・ビザ
アメリカから日本への帰国
アメリカのビジネス
STS Career

注目の記事

  1. 2026年6月1日

    AI時代の仕事術2026
    2026年、AIは「使う」から「任せる」へ 2020年以降、AIの進化は「生成能力...
  2. 植民地から合衆国建国へ 18世紀半ば、現在のアメリカ東海岸にはイギリスの支配下にある...
  3. 2025年12月1日

    就職&雇用ガイド2025
    監修 STS Career https://usfl.com/author/stscar...
  4. 2025年10月8日

    美しく生きる
    菊の花 ノートルダム清心学園元理事長である渡辺和子さんの言葉に、「どんな場所でも、美しく生...
  5. 2025年10月6日

    Japanese Sake
    日本の「伝統的酒造り」とは 2024年12月、ユネスコ政府間委員会第19回会合で、日...
  6. アメリカの医療・保険制度 アメリカの医療・保険制度は日本と大きく異なり、制度...
  7. 2025年6月4日

    ユーチューバー
    飛行機から見下ろしたテムズ川 誰でもギルティプレジャーがあるだろう。何か難しいこと、面倒なこ...
  8.        ジャズとグルメの町 ニューオーリンズ ルイジアナ州 ...
ページ上部へ戻る