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第15回 キャッシュフロー経営の落とし穴 〜 残高とにらめっこ、していませんか?〜

金曜日の夜。居酒屋Fuji。
タジマ君はビールに口をつけるより先に、スマホの画面を何度ものぞき込んでいた。

ミゾグチ先生:タジマ君、さっきから何を気にしているの?

タジマ君:あ、いや……銀行のアプリで、会社の口座残高を見てたんです。今日はもう営業も終わってるのに、気になっちゃって。最近、1日に何回も見ちゃうんですよ。

ミゾグチ先生::ずいぶん変わったね(笑)前のタジマ君は、残高なんて気にせず、どんどんお金を使う人だったのに。

タジマ君:うっ……それ、言わないでくださいよ。

タジマ君は苦笑いした。

タジマ君:以前の僕は、なんでも『これは投資だ!』って言い訳して、湯水のように使ってましたからね。新しい設備を入れたり、販促にドンとお金かけたり。でも前回の”黒字なのにお金がない”事件で、工場ラインの緊急修繕に現金がドカンと出て、つなぎ融資でなんとか凌いで……。あの時、本当に会社が潰れるかと思って、背筋が凍りました。

ミゾグチ先生:あれは肝を冷やしたね。

タジマ君:それ以来、キャッシュが減るのが怖くて怖くて。だから毎日、残高とにらめっこするようになったんです。

タジマ君はふと顔を上げ、恐怖を乗り越えた自負をにじませるように、少し得意げに続けた。

タジマ君:先生、最近よく聞くじゃないですか。キャッシュフロー経営って。

ミゾグチ先生:そうだね、最近は当たり前になってきているね。

タジマ君:利益よりキャッシュが大事。P/Lより資金繰りだ。黒字倒産もありますしね。だから今の僕、キャッシュフロー経営、ちゃんとやれてると思うんですよ。

ミゾグチ先生は枝豆をつまみながら頷いた。

ミゾグチ先生:もちろん、それ自体は悪くないよ。

タジマ君:そうですよね!

ミゾグチ先生:でもね、タジマ君。最近、キャッシュフロー経営という言葉が一人歩きしている気がするんだ。

タジマ君:どういうことですか?

ミゾグチ先生:P/L重視へのアンチテーゼとしてキャッシュフロー重視が語られることが多いでしょ?

タジマ君:そう、ですかね・・・

ミゾグチ先生:確かに、利益が出ていても資金がなければ会社は倒産する。

タジマ君:勘定合って銭足らず、ですね。

ミゾグチ先生:その通り。

先生はビールを一口飲んだ。

ミゾグチ先生:でもね。だからといって、キャッシュをため込むことがキャッシュフロー経営だと考えるのは危険だと思うんだよ。

タジマ君:え?どういうことですか?

ミゾグチ先生:例えば、今のタジマ君みたいに、毎日残高をながめて一喜一憂する。それ自体は、実はキャッシュフロー経営とは言えないんだ。

タジマ君:え!?だって、ちゃんとキャッシュを見てるじゃないですか。減らさないように必死ですよ!

ミゾグチ先生:そこなんだ。厳しい言い方をするとね、タジマ君は、お金を使いすぎる人から、今度はお金を減らせない人になっただけなんだよ。振り子が逆に振れただけでね。実はどちらも、”お金の使い方を考えていない”という点では、同じ穴にはまっているんだ。

タジマ君:うっ……。

ミゾグチ先生:残高というのは、体温計の数字みたいなものでね。測るのは大事だけど、測ってばかりで何も手を打たなければ、体は健康にならないだろう?

タジマ君:た、確かに……。

ミゾグチ先生:キャッシュフロー経営というと、『いかにお金を確保するか』ばかりに意識が向きがちな気がするんだ。

タジマ君:それは大事じゃないですか。

ミゾグチ先生:もちろん大事だよ。でも、それと同じくらい重要なことがあると思うんだ。

タジマ君:えっ、それって何ですか?

ミゾグチ先生:キャッシュをどう使うか、だよ。

タジマ君は少し考え込んだ。

タジマ君:どう使うか……。でも先生、僕は昔まさに使いすぎて痛い目にあったんですよ?また使えって言うんですか?

ミゾグチ先生:いい質問だ。昔のタジマ君の使い方と、これからやってほしい使い方は、実は別ものなんだ。それは後で話すよ。まずは例えばだ。

先生は焼き鳥を指差した。

ミゾグチ先生:この店が将来も繁盛し続けるためには何が必要だと思う?

タジマ君:美味しい料理ですかね。

ミゾグチ先生:じゃあ、そのためには?何が必要?

タジマ君:新メニュー開発とか。

ミゾグチ先生:そう。研究開発だよね。

タジマ君:居酒屋にも研究開発があるんですね。

ミゾグチ先生:もちろん。お客さんの満足度を上げるためには、設備の更新も必要だし、人材育成も必要になるだろうしね。

タジマ君:確かに。

ミゾグチ先生:ところが、キャッシュを減らしたくないという発想が強くなりすぎると、そうした投資を後回しにし始める。

タジマ君:あ……今の僕、まさにそれです。お金が出ていくから、って全部止めちゃう。

ミゾグチ先生:そう。研究開発費を削る。設備投資を見送る。教育研修をやめる。

タジマ君:その結果、キャッシュは増えますね。

ミゾグチ先生:短期的にはね。でも数年後にはどうなると思う?

タジマ君:競争力が落ちますね。なるほど…。キャッシュを守ったつもりが、将来の利益を失うということか。

ミゾグチ先生:まさにそれ。守りすぎる経営は、気づかないうちにゆっくり枯れていくんだ。

先生は続けた。

ミゾグチ先生:経営者の仕事は、キャッシュをため込むことではなく、キャッシュを最も価値の高いところへ配分することなんだ

タジマ君:キャッシュを適切に配分ですか・・・

ミゾグチ先生:もちろん、一概に投資先が決まっているわけではない。事業や戦略によっては研究開発、設備投資かもしれないし、あるいは人材育成やM&Aかもしれないよね。

タジマ君:投資判断ですね。

ミゾグチ先生:そう。そしてね、さっき言った”昔の使い方”との違いも、まさにここにあるんだ。

タジマ君:え?

ミゾグチ先生:昔のタジマ君は、”なんとなく良さそう”でお金を出していた。『投資だ』と言いながら、そのお金が実際いくら返ってくるのか、考えていなかっただろう?リターンを期待してお金を出すのが「投資」、リターンを度外視するのは「浪費」だね。

タジマ君:うっ……図星です。完全に勢いでしたね。

ミゾグチ先生:これから大事なのは、”そのお金が、かけたコスト以上のリターンを生むか”を考えて使うことなんだ。ROIやROICは、ざっくり言えば、出したお金に対してどれだけ戻ってくるかを見る物差しだね。

タジマ君:リターンを考えた投資、ですか。

ミゾグチ先生:例えば前回、工場ラインを本格更新したよね。しかも5年リースで月々に均して、キャッシュが一気に出ていかないように賢くやったよね。あの投資判断そのものが”然るべき投資”だったと思う。ラインが古いままなら、また生産が止まって、もっと大きな損失になってしまっただろうからね。かけたお金以上のものが、ちゃんと返ってくるということだね。

タジマ君:言われてみれば……あれは、怖がって見送るべき投資じゃなかったんですね。逆に昔の勢い任せの販促は、いくら売上が増えるのか、誰も計算してなかったです。

ミゾグチ先生:そう。同じ”お金を使う”でも、中身がまるで違うだろう?片方はソロバンを弾いている。片方はただの勢いだ。

だから、キャッシュはため込むのが目的ではなく、事業を成長させるための手段なんだよ。

タジマ君は深く頷いた。

タジマ君:つまり……お金を”守る”んじゃなくて、投資と同じ物差しを当てて”回す”ってことですね。

先生はニヤリとした。

ミゾグチ先生:そうだね、必要以上に寝かせたキャッシュは、次の価値を生みにくい。使ってはじめて、次のキャッシュを生む”種”になるんだ。

タジマ君:あー……僕、残高が増えるのを見て安心してましたけど、それって、種を蒔かずに倉庫にため込んでるだけの農家みたいなものか。

ミゾグチ先生:うまいこと言うね(笑)。もちろん、蒔きすぎて手元の種が尽きたら黒字倒産してしまう。だから残高を見るのも間違いじゃないんだよ。ただ、それは”守りの下限”を確認するためであって、それ自体が目的じゃないんだ。

タジマ君:利益を追いすぎると黒字倒産のリスクがあるけど、キャッシュばかり見ていると将来の成長力を失うってことですね。

ミゾグチ先生:その通り。手元のキャッシュを重視しすぎるとPL以上に短期視点の経営になり、中長期的な企業価値にとってはマイナスになるかもしれないね。

タジマ君:PL重視にも落とし穴があるし、キャッシュフロー経営にも落とし穴がある。結局、経営で大切なのはバランスなんですねぇ。

ミゾグチ先生:うん、いいところに気づいたね。

タジマ君:そうか……本当のキャッシュフロー経営って、然るべき投資のためにキャッシュを集めて、使って……あれ、なんてまとめればいいんだろう。

ミゾグチ先生:ふふ。じゃあ、こういうのはどうかな。

先生は笑いながら言った。

ミゾグチ先生:キャッシュフロー経営とはキャッシュをため込む経営ではない。将来の企業価値を高めるために、キャッシュを集め、そして賢く使う経営です、ってね!

タジマ君:それです、それ!うわー、今の録音しておけば良かった~!先生、もう1回お願いします!

タジマ君はビールを飲み干した。

タジマ君:この話、ウチの社長にも……いや、昔の”使いまくってた僕”と、今の”ビクビクしてた僕”の両方にも聞かせたいです。

ミゾグチ先生:そうだね。両方に成長してもらわないとね(笑)

居酒屋Fujiの夜は、まだまだ続くのだった。

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Tsunehisa Nakajima / Masaki Mizoguchi中島恒久/溝口聖規

Tsunehisa Nakajima / Masaki Mizoguchi中島恒久/溝口聖規

ライタープロフィール

中島恒久:(Fujisoft America, Inc. COO)
2004年に抽選永住権を取得後、渡米。ベーシストとして活動しながら飲食業、旅行業、食品卸業などで経験を積み、2015年より現職。起業の経験も持つ。グロービス経営大学院にて溝口先生から管理会計を学んだ。

溝口聖規:(公認会計士、グロービス経営大学院専任教授)
グロービス経営大学院専任教授。資格:公認会計士、証券アナリスト、公認内部監査人。書籍:「財務諸表分析 ゼロから分かる読み方・活かし方」PHP出版/MBAアカウンティング(第4版)ダイヤモンド社 連載:週刊経営財務「会計知識録~企業の会計・財務活動を解読~」

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