裏ななつ星紀行〜古代編
万葉ゆかりの地を訪ねて 葛城・宇陀の旅
第三話

文/片山恭一(Text by Kyoichi Katayama)
写真/小平尚典(Photos by Naonori Kohira)

小説家・片山恭一と写真家・小平尚典が、“真の贅沢ってなんだろう?”と格安ローカル列車の旅にでた。

 

宇陀松山西口開門まえにて Photo © Naonori Kohira

宇陀松山西口開門まえにて
Photo © Naonori Kohira

 ところで万葉ゆかりの地とは、どこをさすのだろう。『万葉集』におさめられた歌は吉野から太宰府まで、さまざまな場所で詠まれており、東歌のように場所の特定が難しいものも多く含まれている。ここでは一応、柿本人麻呂の作品を頂点として、それ以前に詠まれた歌にかかわりのある場所、おおまかには奈良盆地(大和平野)の一帯というふうに考えたい。今回はさらに場所を絞り、葛城(かつらぎ)と宇陀(うだ)を中心にまわることにした。それは『万葉集』のなかでも古い時代、所伝による創作歌とともに伝承歌を多く含む時代の面影をたどる旅になるはずだ。

 というわけで九月中旬、ぼくたちは天理市から車を飛ばして二上山方面へ向かった。途中、高速道で豪雨に遭う。しかし最初の目的地である高天彦神社に着いたときには日が差していた。気まぐれな天気である。立派な杉木立を抜けるとこじんまりした神社がある。背後の山(白雲峯)が御神体で、こうした様式は三輪山を神体山とする大神神社などと同じだ。仏教が伝来する前の古い日本の信仰は、山の神を崇拝するようなものが多かった。さらに視野を広げるなら、自然を神とみなした段階を、人類は共通に経てきたということになるだろう。

 日本の神道や天皇制は、深くアニミズムに根ざしているという理解が一般的だが、もう一つの柱は太陽信仰と考えられる。日本にかぎらず、太陽の神格化と崇拝は古代信仰の基本だった。ギリシア神話やエジプト神話でも太陽は男神として重要な意味をもっている。日本神話の天照大神も太陽神だから、伊勢信仰や神道を太陽信仰ととらえても間違いではないだろう。奈良・大和の地に多く見られる「春日」という名前も、なんとなくそれっぽい。

 古い時代、この地の人々は、東の三輪山から昇り西の二上山に沈む太陽を生活の原点にしていたと言われている。西の方角は死者の魂が帰るところ、人々は沈む太陽に死後の世界を思ったのだろう。そして東から昇る太陽に、生命の再生を重ね合わせたのかもしれない。死後も魂の永生も信じられないわれわれとは、同じ太陽でも思い入れが違う。まして太陽光発電、ビジネスチャンスや金儲けの手段である「太陽」は、別物と考えたほうがいいだろう。

 そんなわけで二上山の西麓には、数多くの墓所が点在している。有名な聖徳太子廟をはじめとして、推古や用明、孝徳といった天皇陵、さらには小野妹子や大津皇子の墓もこのあたりにある。
 
うつそみの 人なる吾(あれ)や 明日よりは
二上山を 兄弟(いろせ)とわが見む(二・一六五)
 
 現世にとどまる身である私は、明日から二上山をわが弟として見よう、といった意味だろうか。謀反の疑いで刑死した大津皇子を二上山に葬るときに、姉の大伯皇女(おおくにのひめみこ)が哀しみを詠んだ歌とされている。彼女は『万葉集』に六首の歌を残すが、いずれも弟の大津皇子を思いやった歌である。
 

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