破綻、閉鎖、失業、差し押さえ、廃墟、絶望、悲劇、アメリカで最も危険な都市——。この街は、幾度そんな形容詞を着せられてきたことだろう。20世紀のアメリカを超大国にし、国民に自由と豊かさを与えた自動車産業。その中心を担った街は今、この国が抱える問題のすべてを背負い込み、同時に、再生への期待をも一身に受けているかに見える。
“The D”——。地元の人は、誇りと愛情と、ちょっとしたスワッガーをもって、この街を呼ぶ。そのスピリットを知りたくて、初夏のデトロイトを訪れた。(*情報は掲載誌発行時点のものです)
暗いトンネルを歩いてくる、一人の男のシルエット。「It’s half time」。男が言う。カメラは、都会で郊外で山間部で、職を失い、傷つき怯える人々を映し出す。「どうしたらカムバックできるのか?」と。
ーー答えは、デトロイトの人間が知っている。彼らは、すべてを失う寸前で、戦い、よみがえった。つらい日々、幾つもの浮き沈みを経験した。そのたびに、必ず切り抜ける道がある。なければ、自分でつくればいい。
大事なのは、ここからだ。どうやって逆転し、勝利するか? やればできる。デトロイトは教えてくれた。一度パンチを食らったぐらいで負けはしない。また立ち上がる。そして世界は再び、オレたちのエンジンの轟音を聞くことになる。
そう、アメリカは今、ハーフタイムだ。そして、セカンドハーフ(後半)がもうすぐ始まろうとしている。ーー
ざらりと乾いた声の持ち主は、クリント・イーストウッドだ。シワの刻み込まれた名優の顔が消えると、黒い画面に文字が浮かび上がる。
クライスラー。「Imported from Detroit」——
◆ ◆ ◆
これは、2012年2月、スーパーボウル(NFL、全米プロ・フットボールの王者を決める試合)の前半終了直後に流れたCMだ。1億人以上が見る大イベント。数秒間に数百万ドルも費やして、企業がCM合戦を繰り広げる日でもある。クライスラーがぶつけた2分の長さのCMは、瞬く間にユーチューブやツイッターで大反響を呼んだ。
「翌朝から、オフィスの電話が鳴りっぱなしだったよ。あんな風にデトロイトを宣伝してくれるなんてね、鳥肌が立った。『クライスラー様々』という気分だったな」
デトロイトの商工会議所勤めでコンベンションの誘致を担当する男性は、私に会うなり、そう言った。私も正直、このCMを見て、そろそろデトロイトに行ってみたいという気持ちが強くなったのである。
2008年のリーマン・ショックと、翌09年のGMとクライスラーの経営破綻以降、デトロイトの明るい話は聞かなかった。「この家、1ドルで売ります」。そんな看板が出ているという噂さえあった。それが昨年、公的資金による救済策のおかげとは言え、輸出の回復などでGMが過去最高益を計上すると、クライスラーも黒字に。今年1月、オバマ大統領は「アメリカ自動車産業の復活」を宣言した。
「『デトロイト破綻、市民が大量脱出』なんて報じられていたけど、そもそも嘘よ」。そう言うのは、デトロイトのダウンタウンに住むジャネットさんだ。
「消えたのは、もともと短期で来ていた人。古くからの住民やフルタイムの仕事を持つ人は残った。だいたい自動車産業ばかり注目されるけど、09年にステムセル(肝細胞)研究の分野でブームが起きて、デトロイトはその恩恵をだいぶ受けているのよ。ITやエンジニア系が増えたし、アーバン農業もすごく盛んになった」
ジャネットさんは、昨年できた非営利団体「D:hive」(ディーハイブ)で、ダウンタウンの活性化と、そこに住み働く人やビジネスをつなぐ仕事をしている。「最近は、大手コンピュータ・ソフト開発会社や住宅ローン会社の本社も移ってきて、すごく活気がある。『モーター・シティ2.0』というのかな。古いビルの改装や再生も進んでいるし、コンドを買う若者も増えているわね」
確かにそう言われて見回せば、デトロイト・リバー沿いにそびえるGMの本社ルネサンス・センターは太陽を浴びて輝き、その足下を背広姿の集団やエンジニア系の若者たちが、コーヒー片手に闊歩している。
しかし、がらんとした空きビルや、トタン板が打ち付けられたままの空き家、倒産したレストランや工場の跡も、そこかしこにある。それも、高級ホテルの前や新築中のコンベンションセンターの並びに、いくらでも見つかるのだ。
私がそう指摘すると、ジャネットさんは返した。「デトロイトでは当たり前の光景なのよ。廃屋はいつか新しくなり、そのうちまた空き地になる。いつだってその繰り返しなんだから」
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