ドライバーライセンス更新の巻

Water lily

今年は年頭から気にかかっている心配事があった。私は小心なうえに、何事も前々から準備しなければ気が済まない性格だ。心配事は四六時中気にかかって仕方がない。今回の心配事は少し大きい。それは、5年ごとの運転免許証の更新が、いよいよ今年の秋に迫っていることだ。ついに恐れていたものが来る年だ。ひょっとしたら更新できないかもしれない、という恐れが襲う。それは、アメリカ生活においては自由がなくなるに等しい。

何だ、そんなこと簡単じゃあないか、と言われる方もおられるだろう。切れる寸前にDMV に駆け込み、簡単に更新される方もある。羨ましい。個人差が大きい。私は交通規則に関しては極端に無知だ。それに運転技術も未熟だ。いまだに縦列駐車ができず、狭い所に駐車する時、バックする時は冷や汗ものだ。そんな劣等感がますます恐怖を煽る。人間心理は恐ろしいものだ。

切れる半年前から申請手続きができるとあり、5カ月前から勉強を始めた。知識テストは昔使った問題集を引っ張り出し、復習した。なんとかなりそうだ。それ以上に心配だったのは視力検査だ。右目は10年前に黄斑症の手術と翌年に白内障をやっている。左目も4年前に白内障の手術を受け、こちらはもうはっきり見えて、とても助かっている。目の中心には小さい部分を見る大切な機能がある。黄斑症とは加齢により網膜が両側からひっぱられ、中心部が破れると黒点となり細部が見えなくなり、やがては失明に至るという恐ろしい病気だ。この手術は術後7日間は常に顔を真下に向けていなければならず、とても苦しい。もう二度と経験したくない。修復した網膜は、歪んでは見えるが穴は埋まった。良いほうの目の助けで昼間の運転には支障はなくなった。しかし、視力検査では片方ずつの検査があるから、右目の視力が極端に衰えていればパスできないこともありえる。どうしよう。

悩んでいても解決にはならない。まず動こう。視力検査をする会場は明るい所を選ぼう。検査表にはどんなアルファベット文字が書かれているのだろう。人間必死になると、いろいろ知恵がついてくる。2カ所違うDMVを訪れた。明るさに差があるようだ。検査表はどこでも同じ。複数の方からの情報では、たとえはっきりと読めなくても、もじもじしていたら疑われるからよろしくない、ぼやけていても堂々と答え、読めるふりをするのがよろしい、とか、笑い話のような知恵を授けてくださる方もいた。聞くほうは真剣だ。なるほど、その手を使ってみよう。

いよいよ決行の朝は、早朝7時半には会場到着。すでに長い行列だ。しかし一旦ドアが開けば、次々に流れた。あれほど心配した視力検査はちゃんと読め、40・20の規定をパスした。良かったあ。

と、ところが、予期せぬ出来事が。交通規則テストのPCでまごついた。本人である情報を入れた後、確認の指紋を取らされる。画面の上に親指を乗せなさいとあったので画面を親指で押すが、動かない。係官に、画面ではなく右下にある機器の上に親指を当てなさいと指示され、赤恥をかく。そしていよいよ問題に取り組む。受ける所によって違うのかもしれないが、25問中5問間違えば滑る、テストは3回まで、と以前より厳しくなった。

第1問からたて続けにどっちつかずの問題が出て、迷った挙げ句に選んだ答えが3問間違った。動転し、その後も次々に間違え、無情にも画面に失格の表示。書類に赤字でFailと書かれた時の惨めさ。1時間後に帰ってきてもう一度受けられるよ、と言われたが、それで受かるとはとても思えないのは自分でも分かっている。勉強し直さなきゃあ。その後の2週間は猛勉強。テストを甘く見た罰です。2週間後に意を決して再挑戦。となりのブースでは全身入れ墨のおっかない男性がテストを受けていたが、彼も準備不足だったようで、間違えるたびにFワードが聞こえる。お兄さん、気持ち分かります、頑張って! 2度目は無事にパス。2週間後に新しい免許証を受け取った時は歓声をあげ、しげしげ見た。単純に幸せだった。あと5年間は自由だ。運転して好きな所に行こう、会いたい人に会おう。やりたいことをやろう。アメリカに住む醍醐味をとことん味わい尽くそう。そのためにこの国に来たのだから。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう43年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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