人工知能ツールを職場で使う結果として、従業員らの孤独感や疎外感が高まる可能性が指摘されている。ハーバード・ビジネス・レヴュー誌は、近い将来にありふれた話しになり得る筋書きとして、次のような架空の例を提示した。
▽自動化によって同僚たちとの接触が激減
架空従業員の販促分析者として働くジアは、出社してコンピューターにログインすると、人工知能機能によってすでに分類済みの電子メールと優先順位がつけられたその日の作業予定を確認できる。ジアが書かなければならない報告書も、生成人工知能によって草稿がすでに書かれており、その内容を確認するとなかなかの質に仕上がっている。それによってその日も仕事がはかどると意欲を感じたジアは、早速仕事に取りかかる。
勤務時間内に多数の仕事をこなして、ジアの生産性と効率は上がる一方だが、同僚たちとほとんど話さない寂しさをふと感じる。かつては、仕事に関する問題解決のために同僚たちに相談したりしたものだが、その機会がめっきり減った。同僚に聞くよりも人工知能アシスタントに聞くほうが確かな答えが返ってくる。ということは、同僚らも同じように感じているのだろうか。
ジアは、空虚感を満たすために同僚の仕事を進んで手伝ってみるが、それでも孤独感は払拭されない。ジアはやがて、夜にあまり眠れなくなり、仕事後に酒を飲むようになった。
この筋書きは、未来からの警告と思えるかもしれないが、そういった状況が現実に一般化しつつあることが、最近の研究結果で示された。
▽従業員への視点がないがしろに
人工知能ツールは、導入する会社と使う従業員の両方を驚かせる能力を発揮してきた。法務文書の分析から販売予想、人材採用候補者の書類審査まで、幅広い作業をかつてなら考えられなかった速度で完了できる。
最近の調査では、世界的大企業らの35%が人工知能を使っていると報告された。人工知能の市場規模は2030年までに1兆8500億ドルに到達すると予想される。会社にとって最大のリスクは、人工知能を導入しないことだという考え方も一般的になってきた。
しかし、そういった利点や効果に魅了されるあまり、会社にとってもっとも重要な資産である「人」への視点がないがしろにされている事例もある。従業員の仕事が個別の作業に分割され、それらが日増しに自動化されるという昨今の傾向は、人間中心とは言えない。技術にばかり注目することで、仕事の満足度や意欲、精神衛生といった人的コストを招く可能性がある。
人工知能による効率化によってもたらされる経済的恩恵と、同じ人工知能によって引き起こされる人的コストのどちらが大きいかという視点がこれからの経営陣には求められる。
▽人工知能は道具であり資産にはならない
過去数年にわたって多くの会社が従業員の心身の健康に多くを投資して包含性やつながりを重視してきたことを考えると、人工知能本位型の昨今のそういった傾向は意外な展開だ。
従業員の気持ちを重視することが事業にとって良いことは、数々の研究で証明されてきた。たとえば、職場の同僚と強いつながりを感じている従業員は、会社の利益を自分の利益と同様に重視するようになる。従業員が感情的に満たされていると、仕事に対して積極的になり、生産性が高まり、会社に対して献身的になる。さらに、従業員間の協業が活発化すると、革新を生み出し、あたえられた仕事以上をするようになる。それらの利点はすべて実証されている。
それに対し、従業員が同僚とつながらずに孤立していると、燃え尽きや欠勤、ひいては転職の確率が高まる。それは会社にとって大きなコストをもたらす問題だ。人工知能がどんなに進歩しても、結局はありふれたツールであり、戦略的な資産にはならない。それを使う人材こそが、他社との差別化を図る競争力を生み出すからだ。
▽人工知能を多用するほど同僚との接触を求める
人工知能ツールを使うことが従業員間のつながりにどのように影響するかに関して、現時点では大きな疑問がある。そこで、ハーバード・ビジネス・レビュー誌の寄稿者は、1)人工知能を使って仕事をする結果として、同僚とのつながりにどのような影響がおよぶと感じられるか、2)つながりが欠如することで、実際にどのような影響がおよぶか、という2点を調べることをおもな目標とした。
最初の研究では、台湾のバイオ医療会社の工学者166人をサンプルとして聞き取り調査を行った。それらの勤務歴は平均3年弱で、調査対象者たちは過去2年以上にわたって人工知能システムを使っていた。聞き取り調査では、人工知能の使用頻度のほか、孤独感や同僚とつながりたいという欲求を尋ねたあと、同僚に仕事上で協力する姿勢について、また家族に飲酒と睡眠について尋ねた。
その結果、人工知能を多用している従業員ほど、同僚とつながりたいという欲求が強く、その欲求から同僚の仕事を助ける親切な行動を示したが、孤独感も強く感じており、アルコール消費と不眠が増加していることがわかった。
▽インドネシアとマレーシアでの実験でも同様の結果
同調査の追加調査として二つの研究も実施された。一つは、インドネシアの不動産管理会社で働く不動産コンサルタント120人を対象とした実験だ。もう一つは、マレーシアの技術会社の業務推進・経理・販促・財務部門で働く従業員294人を対象とした実験だ。追加調査では、294人のなかから従業員らを無作為に抽出し、人工知能ツールをあまり使わない業務を3日間にわたって割り当てるという実験が行われた。つまり、人工知能ツールを多用した群とそうでない群の二つを追跡した。
その結果、人工知能ツールを使い続けた群のほうが、つながりたいという欲求を感じ、アルコール消費と不眠が増加することがわかった。
▽雇用側に求められる定期的調査
それらの結果は、人工知能に過度に依存することで、やがて生産性が下がり始める可能性があるという皮肉を示唆している。それに対応すべく、会社らは従業員らのパフォーマンスだけでなく、従業員らが同僚の輪にどれだけ溶け込んでいるか、会社でどれだけ幸せを感じているかを認識する必要がある。
そのことは、定期的に調査を実施して、面談やフィードバックのセッションで問題をできるだけ把握することを意味する。雇用主は、従業員と会社の関与や満足度といった指標を定期的に確認する必要がある。それらは、従業員が悪循環に陥らないようにする予防手段と言える。
▽体験を高める道具として使うことが重要
また、人工知能の導入に際しては、そもそもの仕事の流れを見直す必要もあるかもしれない。既存の業務手順の上に単純に人工知能をかぶせるのではなく、人間の強みと機械の強みの理解にもとづいて業務手順を再構築できる可能性がある。
人工知能に支配されるのではなく自分が支配しているという感覚を高めることで、存在意義や目的意識を保てるようにする。意味のある目的を自分の意志で追求していると感じることが精神衛生を向上させることは、これまでの研究で証明されている。
さらに、人工知能ツールを導入する会社らは、根本的な思考を変化させる必要がある。単に自動化の道具と見なすのではなく、人間の体験を高める道具ととらえる。それが具体的に意味することは、人工知能ツールの生み出す効率化が、従業員の社会的かつ感情的なニーズに対応する余地をもたらすととらえることだ。
人工知能がますます多くの仕事を肩代わりするあいだに、親睦会といった催事を通して従業員らが同僚たちと対面してつながれる機会をつくれるかもしれない。人同士の交流が無駄な時間と見なされない企業文化を醸成することが非常に重要だ。
(Gaean International Strategies, llc社提供)
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