子どもの学校適応と心のケア

アメリカで暮らす日本人や日系人の家族にとって、子どもの学校適応に関する悩みや課題は尽きない。本特集では学校適応に関するよく聞く悩みとその解決法を、専門家が解説する。

環境編
子どもが生きいきと暮らす海外生活のために

両親の海外駐在に伴って日本から渡米した子どもにとって、その環境の変化はとても大きく大人が考える以上に影響があります。その一方で、強く生き抜く無限の力を備えているのも、また大人より子どもです。子どもは少しのサポートで困難も大きく乗り越えられるものです。

周囲との付き合い方

渡米時期と子どもの年齢は、解決方法を考えるための大きなファクターとなります。年齢が上になればなるほど適応が難しいといわれるのは、学業が関わってくるためです。北米に駐在される方の8割以上は現地校を選び、日本人学校に通う方は少ないのが現状です。そのため、現地校へ通う子どもはさまざまな点から困難を抱えたり、問題を乗り越えたりしなければならない場面が多くなります。

言語習得はまず大きな障壁となりますが、友人関係に関しては必要以上に心配することはありません。クラスの中で「日本から来た子」というのはある意味、憧れでもあり、珍しくもあります。今どきはアニメやゲームの話題を持ちかけるのもコミュニケーションのひとつとなります。日本人が多い地域では「また、日本からだね」と受け入れ態勢も整っています。気をつけるべきことは、同じ日本人同士で仲間になってしまうことです。もちろん、日本人同士で情報交換をしたり仲良くしたりすることは大切です。しかし、日本語で通じる心地よさのぬるま湯に浸かってしまうと本人が抜け出せないどころか、周りの級友から「あの日本人たちはいつも一緒で、私たちの仲間にならないね」と排他的なグループと見られることがあり、思わぬ問題に発展することもあります。アメリカの現地校でも「いじめ問題」は深刻で、特に親の目が届かないSNS等で深く静かに進行することがあるため十分注意が必要です。

現地校での別の問題は、プライベート(私立)スクールからパブリック(公立)スクールに変わった時にも起こります。小学校まで私立で中学から公立の学校に行った生徒で、あまりにも学校のルールや雰囲気が違い、なじめずしばらく辛い日々を過ごすこととなった生徒を受け持ったことがあります。その子が立ち直ったのは、「自分で自分の人生を開き直った」時だと、本人は振り返っていました。親子でしっかりと学校の違いを理解し、学校を変えることの理由と認識を揃えることも大切です。

子どもの気持ちに寄りそうことが大切

高学年、中高生の子どもの気持ちや心境の変化には、なかなか気づきにくいものです。いち早く微妙な変化にも気づくためには、普段から子どもと親がオープンな会話をしたり、学校での出来事や様子を把握したりできると良いです。自宅へ友達を呼んでパジャマパーティを企画するなどして交友関係を親が知っておくのも、子どもの心の変化を読み取るのに必要な情報です。万一、子どもが友人関係で何かトラブルを抱えているようだと感じる、あるいは心配になった場合、一番の解決方法は、学校の先生に相談することです。現地校では改善のための教育プログラムやカウンセリング体制が日本とは比べ物にならないほど充実しています。もちろん外部の心理カウンセラーに相談することも有用でしょう。アメリカでは18歳まで小児科医が子どもを診ますが、心理的な面でもサポートを受けられます。

親も新しい環境において苦労の連続でしょうが、子どもの心は簡単に傷つきやすいことを理解してください。困難を正しく乗り越えられない時、この環境に置かれているのはすべて親の責任だという思いに駆られ、安らぐべき家庭・親を敵対視する子どももいます。親がしっかりと子どもと向き合い、その個性を伸ばすことを考えて養育すれば、どのような環境であろうと子どもは自発的に目標を見いだせるはずです。

先日、デトロイト補習校を卒業したという30代の青年に話を聞く機会がありました。彼は東京大学で宇宙工学を研究し、日本で起業しています。デトロイトでの生活は楽しい思い出しかないと笑顔で語ってくれました。親御さんに話を聞くと、子どもの興味に合わせてアメリカで超一流を見せると決心し、NASAやスミソニアン博物館、ボストン美術館、マサチューセッツ工科大学キャンパス等を毎週末巡ったそうです。きっかけは、渡米し入学した現地校で初日から数日間、子どもが大泣きしながら帰ってきたこと。その時から、子どもには楽しく学べるよう意図的に考えながら育ててきました、と語ってくれました。

逆カルチャーショックに注意

環境の変化で起こりうるハードルの一つに、日本に帰国した時に感じる逆カルチャーショックがあります。逆カルチャーショックが起きる原因のひとつは、帰国した先が出国した時と違う時などといわれています。たとえば小学生で出国し、帰国時には中学校あるいは他校へ入学することや、生まれ育った土地ではなく新たな親の赴任地に引っ越す場合、環境の変化が起きて再適応に時間がかかります。特に学校生活では、「個」を大切にする教育や自由な雰囲気で論争できるアメリカとは違って、日本の集団生活、または無言の同調圧力を感じたりと、日米を比較してのショックが大きくなります。これはアメリカで培った異文化理解・異文化交流と同様ととらえ、子どもにとってメリットがあることだと親も子どももポジティブに受け止める度量が必要です。もちろん子どもの精神や心理的な苦痛につながるような事態であれば、日本でも学校カウンセラーや養護教諭に相談することは重要です。

親である皆さまにお伝えしたいことは、「親こそ最高の教師」ということです。この言葉はグレン・ドーマン博士の書籍タイトルですが、「親こそ最良の医師」もあります。子どもを一番よく知るべきは親。子どもの心を安定させ、個性を生かして進む道を支えてあげることができるのは親だけです。子どもの成長過程では長いトンネルを歩いている不安もあるかもしれませんが、子どもの個性と能力を信じて、立派な社会人として花開くよう、親しかできない、親だからこそできる支援をしてほしいと思います。

取材協力
岩井英津子
etchan96@gmail.com
国際教育アドバイザー
海外子女教育振興財団
https://www.joes.or.jp/
2024年7月までロサンゼルス補習校あさひ学園専務理事

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