「秘密は水なんですよ」と、地元の人は言う。ライムストーン(石灰石)を多く含むこの地の水は、飲む者を、強くたくましくする。王者モハメド・アリを、幾多のダービー馬を、そして、極上のバーボンを育んだ。草燃ゆるケンタッキーに旅をした。(*注:情報は掲載誌発行時点のものです)
Louisville
ルイビル
ケンタッキー最大の都市ルイビル。ルイビル大学のマスコット「カージナルス」のチームカラー、赤、黄、黒に染まるこの街に、「チャーチル・ダウンズ」はある。毎年5月、アメリカ競馬界・最注目のレース「ケンタッキー・ダービー」が、ここで開催される。
シャビーな感じの普通の住宅街を抜けたところにある競馬場だが、その正門に立つと、馬好きではなくともワーッとため息が出てしまう。真っ白いエントランスは品格を感じさせ、でも気取っていないところが、アメリカらしい。
ツアーガイドのケンさんの案内で、中に入った。
美しいダートのレーストラックと、開放感いっぱいの観客席。ゴールラインの真ん前で、レースのすべてがよく見える4階席は「マンション」と呼ばれている。目を閉じれば、歓声が聞こえてきそうだ。
ダービーは1875年の初回から数えて140回。アメリカで最も長く連続開催されているスポーツの競技会だ。
ダービーの時期には、ルイビルの人口の2割にあたる16万人が訪れる。花火大会から始まって各種イベントが盛りだくさん。スーパーボウルとマルディグラを組み合わせたような熱狂になる。レースは「スポーツ界が最も興奮する2分間」とも表現される。
そう、出走からゴールまでたった2分間。陸上の短距離走も似たようなものだが、これは大っぴらにお金を賭けていいわけだから、観客の真剣味も違うだろう。
ダービーが格別に燃えるのは、3歳馬しか出られないからだ。若くて未経験の馬にかかる期待と、トリプル・クラウン(三冠)達成なるか?という興奮。ケンタッキー・ダービーに続いてボルティモアとニューヨークで開催されるレースで3連勝すると、三冠馬の称号がもらえるが、達成はなかなか難しい。昨年のダービーを制したカリフォルニア・クロームも、二冠止まりだった。
ダービーも、どうやら「オトコ社会」。牝馬が勝ったのは過去に3度だけだという。記念すべき第1号の名は「リグレット」。牡馬が欲しかった飼い主が、「なんだ女か…」と悔しがってつけた名前だったとか。
ダービーの入場券は前売りで40ドルから。それほど高くはないけれど、予約はすぐに埋まってしまう。
百聞は一見にしかず。やっぱり一度はダービーを取材してみたい。
といっても馬に詳しいわけではないし、取材と称して雰囲気を味わいたい、というのが本音だ。競馬記者が陣取るプレス席なら、ゴールもよく見えるはず。
私がそう言うと、ケンさんは、「昔は『マンション』がプレス席だったんですがねー。お金持ちが座る場所になってしまいました。今のプレス席は、あそこですよ」と指をさす。
えぇーっと叫んでしまうほど、それは後方の、しかもコーナーだった。あんなに遠くからでは、どの馬が差し切ったのかも分からない。それならTV観戦した方がよさそうだ。
がっくりする私に、ケンさんは、「学生や若者がやるように、50ドルの安いチケットを買って、『パーティー席』で見たらどうですか?」と言う。レーストラックの裏にある芝生スペースのことだ。「スクリーンでの観戦になりますけどね、楽しいですよ。ダービーで入場する人の半分以上はそういうお客さんです」と教えてくれた。
ルイビル生まれで馬を所有しているケンさんも、実は、ダービーをナマで見たのは高校生の時だけ。それ以外は「パーティー」で、スクリーン観戦がもっぱらだという。
「でもね、一度はナマで見るといい。違いますよ、本当に。帽子をかぶってオシャレした人たちを見ているだけでも楽しいですしね」と笑った。
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