日本の秘湯 松川温泉 松楓荘

文&写真/水島伸敏(Text and photos by Nobutoshi Mizushima)

 

歴史を感じる松楓荘の門構え Photo © Nobutoshi Mizushima

歴史を感じる松楓荘の門構え
Photo © Nobutoshi Mizushima

 東京から東北新幹線に乗って盛岡へ、そこから車を借りて秘湯の宿がある松川温泉に向かう。晩春の岩手、遅咲きの桜が残る盛岡駅から高速と下道で約40分。雪を疎らにかぶった岩手山を左手に見ながら回り込むように八幡平の山道を走る。水芭蕉が浮かぶ池を越えていくと、川に寄り添うように佇む松楓荘が見えてきた。

 平安時代に発見され、開湯は江戸時代中期、この宿は約270年という長い歴史がある。趣のある木造建築の宿の前に、源泉を溜めた木桶があった。湯けむりが立ち込めるその桶を覗いてみると、卵がいくつか浸かっている。湯けむりをくぐるように宿へと入る。古いガラス扉を開けると、掃除を終えたばかりの女将さんが気取らずに迎えてくれた。

 外観からは、古く寒そうに見える木造の宿が、中に入ってみるとその暖かさに驚く。この宿には、近くにある地熱発電所から熱がパイプを通ってやってくるため、宿の中は冬でも浴衣で過ごせるくらい暖かい。間違いなく、東京の家の方がこの岩手の宿より寒い。外の寒さをよそに、宿の廊下では猫が満足そうに昼寝をしている。

 昼遅くに着いたのにもかかわらず、女将さんからお腹の空きぐあいを尋ねられた。はいと答える。その場からすーといなくなったかと思うと、しばらくしてイワナの塩焼き定食が出てくる。秘湯の宿に心惹かれる理由は、きっとこんなところにもあるのだろう。

 湯守りをするご主人とやさしい女将さんがこの秘湯の宿を切り盛りしている。女将さんに比べ、お世辞にも愛想がいいとは言えないご主人だが、食後に美味しいコーヒーを出してくれた。サイフォンでゆっくりと淹れながら、アメリカではコーヒーは押して淹れるそうですね、と独り言のようにいった。

 腹が満たされれば、次は湯だ。露天風呂と二つの内風呂、部屋も廊下も暖かいので、湯冷めをすることなくなんども楽しめる。清潔な木造の内風呂で身体をながし、山肌に積もった雪を眺めながら白濁の露天風呂に。そして、このためだけに日本を訪れる価値はあると思いながら、夜中と早朝に誰もいない巨岩と梁木の内風呂に静かに浸かった。
 


 

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