第60回 夏休みの課題本

文&写真/福田恵子(Text and photo by Keiko Fukuda)

「アメリカの学校は2カ月半も夏休みがあって、しかも宿題がないんでしょ?」と日本から来たばかりの人に聞かれることがある。夏休みの長さに関しては、ニナの学区では6月半ばから8月末まで休みが続くので、ほぼ正しい。しかし、「宿題がない」というのは正しくない。

今年6月に9年生を終えたニナに与えられた宿題は2冊の本を読み、サマリーを作成すること。4週間滞在する日本に行く前にバーンズ・アンド・ノーブルで課題本を買い、さらに色鮮やかでさまざまな形の付箋を「一生分か?」というほど購入し、スーツケースに本と一緒に詰め込んだ。日本に出発する時点ではすでに夏休みが始まって1カ月近く経過していたが、ニナは「日本で本を読む」のだと一切、ページをめくることはなかった。

さて東京ではアニメファンのニナと東京タワーの『ワンピース』展に足を運び、浅草寺を観光し、秋葉原のアニメ専門店で本人が満足するまでポスター、クリアファイル、キーチェーンなどの買い物をした。私の実家がある九州に移動してからは、同じく夏休みに入った日本で勉強中の長男ノアと映画に出掛けたり、ノアの友達も一緒に花火を楽しんだりと日本の夏を満喫。気づくと滞在期間も終わりに近づこうとしていた。2冊の本と一生分の付箋はスーツケースの隅に入ったまま。しかし、とうとう日本出発の3日前から観念したのか、本を読み始めた。まず、私も大好きな作家、J・D・サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』から。日本語名「ライ麦畑でつかまえて」だ。

サマースクールや
ボランティアも

実は私が大学1年の時の夏休みの課題本が同じ、この本だった。留学経験がないまま、英語教育が強いとされる大学に地方の公立高校から入学した私は、短期長期にかかわらず高校時代に留学していたり、帰国子女だったりするクラスメイトたちが何の苦もなく英語のペーパーバックを読める事実に驚愕した。私にはそれまで英語の本を1冊読む、という経験がなかったのだ。今でも忘れられないのが、主人公の妹の名前Phoebeを何と読むのか分からず、登場するたび、頭の中ではずっと「フォエベ」という音が繰り返されていたこと。小説自体は面白かったのだが読了するのに時間がかかったし、夏休みが終わって、その名前を「フィービー」と発音することを友達から知らされた時は目からウロコだった。

18歳で「サリンジャー初経験」だった私に対して、14歳、ネイティブのニナの読解力ははるかに優れているようで(当たり前)、「この主人公はなかなかユニークな性格だね。読みやすいし」との感想。私も「ライ麦畑」がきっかけでその後、同じサリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』や『フラニーとゾーイー』も興味を持って読んだ。ここは是非、ニナにサリンジャーを薦めなければ、と強力プッシュした。

順調に読み進めているように見えたが、日本出発前日にニナがこんなことを。「友達何人かに本は読んだか聞いてみたら、まだ誰も終わってないって。良かった」。それは「ビジネスにマイペースはない。締め切り厳守」がモットーの私からしたらもっともよろしくない考えだ。「なぜ、安心する! 自分は自分でしょ! 早く終わらせた方が自分も楽になるって」と言ってはみたが、彼女の心には届かなかったようだ。残念。

さて、本来であれば、夏休みの間にサマースクールに出席して単位を先取りしたり、ボランティア活動の時間を稼いだりと、宿題以外にやるべきことはたくさんある。しかし、ニナは日本に行くことを選択したので、それらは10年生になってからの仕事だ。もうすぐ新学年のレジストレーションの日がやってくる。

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福田恵子 (Keiko Fukuda)

福田恵子 (Keiko Fukuda)

ライタープロフィール

東京の情報出版社勤務を経て1992年渡米。同年より在米日本語雑誌の編集職を2003年まで務める。独立してフリーライターとなってからは、人物インタビュー、アメリカ事情を中心に日米の雑誌に寄稿。執筆業の他にもコーディネーション、翻訳、ローカライゼーション、市場調査、在米日系企業の広報のアウトソーシングなどを手掛けながら母親業にも奮闘中。モットーは入社式で女性取締役のスピーチにあった「ビジネスにマイペースは許されない」。慌ただしく東奔西走する日々を続け、気づけば業界経験30年。

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