拡張現実(AR)アプリケーションは、家具から家庭用雑貨、高級ファッションにいたるまで、あらゆる商品を「購入する前に試してみたい」という消費者の声に応えて小売業界で導入が進んでいるが、これまでは付加価値のような存在だった。しかし、ハーバード・ビジネス・レヴュー(HBR)誌によると、新型コロナウイルス・パンデミックを受け、ARは「あればいい」という機能から、小売業者にとって「必要不可欠の技術」へと急変した。
▽貴金属店、イヤリングを仮想試着できるARツールを提供
IBMは、最近の調査報告書「2020年米国小売指標(2020 U.S. Retail Index)」のなかで、パンデミックは「デジタル買い物」への移行を約5年早めた、と分析した。
HBRが掲載したコンサルティング会社XRゴーズ・ポップ(XR Goes Pop)のヘレン・パパヤニス博士の寄稿記事によると、コーヴィッド19(Covid-19、新型コロナウイルス感染症)を受けた都市封鎖や営業制限、外出規制によって店を一時閉鎖した貴金属店ケンドラ・スコット(Kendra Scott)は、顧客が自宅にいながらイヤリングを仮想試着できるARツールの提供を開始した。同ツールを使うのに専用アプリケーションは不要で、アイフォーンでウェブ・ブラウザー「サファリ」を使って専用サイトにアクセスする。
▽美容サロン大手オルタのARツール、パンデミック後に利用7倍に
実在店舗の営業再開が全米各地で本格化するなか、小売業者にとっての最優先課題は従業員と顧客をウイルス感染から守ることだ。
化粧品小売チェーン大手セフォラ(Sephora)や美容サロン大手オルタ(Ulta)といった美容関連の小売店では、商品を実際に肌につける「商品お試し」の自粛を顧客に求める代わりに、商品を「デジタル的に試用」できるARツールを提供している。
オルタが4年前に導入した仮想お試しツール「グラムラブ(GLAMlab)」は、パンデミックになってから需要が急増し、顧客による利用が7倍に激増した。
▽ARコンテント付き商品はそうでない商品より圧倒的に売れる
市場調査会社ニールセン(Neilsen)の2019年の世界調査では、消費者が日常生活で求める技術の首位がARおよび仮想現実(VR)という結果が出た。それによると、消費者の51%が商品評価のためにARやVRを使いたいと回答した。
パンデミック中に消費者の悩みや問題を解消するツールとしてARの利用が進んだことから、ARを求める消費者はさらに増えたと予想される。
実際、電子商取引大手ショピファイ(Shopify)の最近のデータによると、ARコンテント付き商品は、ARコンテントなしの商品よりも転換率(商品をクリックした消費者のうち実際に購入にいたった割合)が94%高かった。
▽コールズ、仮想試着姿を動画で閲覧可能に
小売チェーン大手コールズ(Kohl’s)は5月に、「コールズAR仮想クローゼット(Kohl’s AR Virtual Closet)」の開発でスナップチャット(Snapchat)と提携した。消費者はスマートフォン用スナップチャット・アプリケーションを使うことで、AR 試着室でさまざまの洋服を試し同一アプリケーション内で購入できる。
コールズAR仮想クローゼットで提供される洋服は、需要に応じてつねに更新されており、直近では9月からの新学期に備えてリーバイス(Levi’s)の商品群が用意された。利用者らは新機能の「セルフィー・レンズ(Selfie Lens)」を使うことで、リーバイスのジャケットを試着した自身の動画を見ることができる。(後編に続く)
▽ゲーミファイド・ソーシャルの台頭
リーバイスはそれとは別に、友だち同士が一緒に仮想買い物を楽しめるオンライン共同視聴動画アプリケーション「スクワッド(Squad)」の提供を4月に開始した。
ヘレン・パパヤニス博士によると、拡張小売(augmented retail)の次の段階はゲーミファイド・ソーシャル(ゲーム化されたオンライン交流)体験だ。リーバイスのスクワッドは、まさに仮想社交の要素を取り入れたアプリケーションだ。
そのほか、バーバリー(Burberry)は最近、店内ARゲームをめぐってスナップチャットと提携した。
そういった概念は今後、消費者が友だちと遊んで買い物もできるデジタル店舗や仮想クローゼットへと発展する可能性がある。
▽デジタル娯楽の要素を取り入れた販促に勢い
一方、エスティローダー(Estee Lauder)やグッチ(Gucci)といった美容ブランドや高級ファッション・ブランド会社では、モバイル・アーケイド・ゲーム(モバイル端末向け商業用ゲーミング・サービス)の活用を積極化させている。
また、バーバリーの「Bサーフ(B Surf)」モバイル・レーシング・ゲームは、AR顔フィルターやキャラクターを利用者向けの賞品として出している。
そういったデジタル娯楽要素を取り入れた販促の取り組みは、若い世代の消費者らの関心をつかむのに寄与する効果がある。
▽「消耗品としての仮想商品」
拡張小売とデジタル買い物に関するもう一つの新興領域は「消耗品としての仮想商品」だ。高級ブランド会社がそういった仮想商品を販売するようになっている。
たとえば、ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)は、イースポーツ・ゲーム「リーグ・オブ・レジェンズ(League of Legends)」のなかでデジタル・スキン(キャラクターに着せるブランド物の洋服やアクセサリー)を提供する。
ルートボックス(ゲームの戦利品)とスキンへの消費者世界支出額は2020年に500億ドルに達すると予想される。
▽AR美術展も登場
さらに、芸術の世界では、現実世界に存在しない仮想品を商品化する試みも世界規模で始まっている。
KAWSとして知られる芸術家のブライアン・ドネリー氏は3月に、アキュート・アート(Acute Art)と提携しAR美術展を開催した。AR彫刻を1週間7ドル、または1ヵ月30 ドルで貸し出すという企画だ。
利用者が専用のモバイル・アプリケーションで見る現実世界に、芸術家たちの創作した仮想物体が重ね合わされて芸術作品として表示されるしくみだ。
▽「デジタル口紅効果」
パパヤニス氏は、新種の拡張小売では「売り物としての仮想品」が増えると予想し、そういった動向(傾向)を「デジタル口紅効果(lipstick effect)」と呼ぶ。景気後退や経済減速期でも消費者は小さな贅沢品を買い続けるという心理現象を指す「口紅効果」になぞらえたものだ。
パパヤニス氏によると、ARは消費者の仮想「買い物旅行」に大きな価値をもたらす。小売業界の大企業や大手ブランドらは、小売事業の印象を変えるだけでなく、今後の成長機会を大きくするためにそれらの没入型買い物体験をいまこそ飛躍させるときだ、と同氏は述べた。
(U.S. Frontline News, Inc.社提供)
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