シリーズアメリカ再発見㉟
宇宙に一番近い場所 オーランド

文&写真/佐藤美玲(Text and photos by Mirei Sato)

テーマパークで遊んでアウトレットで買い物して……。それだけがこの街の魅力だと思っていたら、大間違い。水と緑と青空のオーランドで、「宇宙」に触れた。

観覧車「オーランド・アイ」 Photo © Mirei Sato

観覧車「オーランド・アイ」
Photo © Mirei Sato

 ロサンゼルスを深夜に発った飛行機は、フロリダに近づくにつれて、乱気流のせいか揺れがひどくなった。きっと地上には雨が降っているのだろう、窓からは灰色の厚い雲しか見えない。
 オーランド国際空港へ着陸態勢にはいると、太陽が差し込み、カーテンがひらくように、雲の切れ目から眼下にオーランドが広がった。湖と緑、マッチ箱のように並んだ住宅が連続する。その上に、大きなレインボーがかかっていた。
 平らな土地なんだなあと思う。人工湖が本当に多い。もともと湿地である以外、何もなかった場所に、人間が遊び暮らし、消費するための施設がたんまり開発されたとしか思えないようなランドスケープだ。同時に、そうした人工色を打ち破る、フロリダの自然の強烈な存在感。
 それは、この夏に完成したばかりの大観覧車「オーランド・アイ」に乗っても感じた。
 アメリカ各地を旅していると、雲って土地によってこれだけ違うのか、と驚くことが多い。オーランドの雲も独特だ。ふわふわの綿雲と、毒々しい入道雲とが、一体になって3Dのような生々しさで迫ってくる。

◆  ◆  

 テーマパークが集まるオーランドの中心部から、東へ車で約1時間。「ケネディ宇宙センター」を訪れた。「宇宙に一番近い場所」が、ここにある。
 米航空宇宙局(NASA)の施設で、アメリカが国の威信をかけて有人宇宙飛行を推進した時代に中心的役割を担った。月面着陸に成功したアポロ11号が、そして歴代のスペースシャトルが、この場所から飛び立った。
 ツアーバスに乗って現地に到着するまでの1時間、車窓には興奮するような風景はほとんどない。「ミドル・オブ・ノーウェア」という言葉が、中西部なんかよりもよほどしっくりくる、へんぴな場所だ。
 「なぜわざわざこんな遠いところへ建設しなくてはいけなかったのか…と思っているでしょう?」。ガイドさんが、私たちジャーナリスト一行の心を見透かしたように話し出した。広大な敷地とセキュリティーの必要性に加えて、ロケットが発射するときのパワーと爆音はものすごいので、周りに人家などがないことが条件だったそうだ。
 このあたりは、野生動物の保護区にもなっている。大西洋を飛んでくる渡り鳥や、ウミガメの生息地。湿地も多く、バスの窓からワニの尻尾が見えた。
 バスの運転手さんは、「スペースシャトルの組立施設のロビーにワニが何十匹も侵入していたり、ワニ対策でNASAが金網をつけかえたりしたことさえあった」と話していた。
 しかし、動物たちも大変だっただろう。ロケットが打ち上がるたび、その爆音にフリークアウトしていたのでは?
 バスの車内に流れるビデオでは、冷戦時代の宇宙開発にたずさわったエンジニアたちがインタビューされていた。栄光の物語というよりも、成功に至るまでの失敗談に重きが置かれている。「ロケットが爆発して自分もぶっとんだよ」とか、面白おかしく語る人たちが登場する。私を含め、ヨーロッパや南米などから来たジャーナリストも、つい爆笑。軍事・国策なのにそんなに茶化していいのかとも思ったが、こうした明るさや、自分のことを笑えるポジティブさは、アメリカらしくていい。
 


 
 


 

Photo: Kennedy Space Center

Photo: Kennedy Space Center

 ケネディ宇宙センターは見どころがいっぱいだ。月面着陸に成功したアポロ11号の打ち上げに大きく貢献したサターンV(その真下を歩ける)。ニール・アームストロング飛行士が月から持ち帰った石(手でさわれる)。ハッブル宇宙望遠鏡の等身大モデル……。
 一番の目玉は、2013年に一般公開展示が始まったスペースシャトル「アトランティス」だ。
 1985年から2011年まで活躍した。95年に、宇宙ステーション「ミール」とドッキングした瞬間を、テレビ中継で見て覚えている人も多いだろう。11年の引退飛行をもって、NASAのシャトル計画は打ち切られたため、アトランティスは「最後のスペースシャトル」とも呼ばれる。
 いまアメリカ国内でスペースシャトルの展示が見られるのは、3カ所。ここと、ニューヨークのイントレピッド海洋航空博物館(「エンタープライズ」)、ロサンゼルスのカリフォルニア科学センター(「エンデバー」)だ。
 ただ、シャトルのハッチを開けて展示し、中まで見せてくれるのは、ここケネディ宇宙センターだけだ。
 館内ツアーは、打ち上げを指示するコントロールルームを模した部屋からスタートした。当時の映像を見ながら、カウントダウンが始まる緊張感を体験する。「次の部屋へどうぞ」。ナレーションに従って奥へ進むと、すーっと扉が開き、目の前にアトランティスが現れた。
 展示場の照明は薄暗く、ときに紫になったり青になったり。背景に宇宙の暗闇や銀河、青い地球がうつって、アトランティスの白い巨体が、羽を傾けながら宇宙を舞っているかに見える。アングルによっては、見ている自分たちが宇宙を遊泳しているような感覚さえする。ドラマチックな見せ方だ。

◆  ◆  

スペースシャトルでの飛行は4回。NASAのベテラン宇宙飛行士、トーマス・ジョーンズさん Photo © Mirei Sato

スペースシャトルでの飛行は4回。NASAのベテラン宇宙飛行士、トーマス・ジョーンズさん
Photo © Mirei Sato

 アトランティスの前で、NASA宇宙飛行士のトーマス・ジョーンズさんが待っていた。
 ケネディ宇宙センターは、来館者が現役の宇宙飛行士と触れ合う機会やプログラムを設けている。ジョーンズさんは、私たちジャーナリスト一行のために、時間をつくってくれた。
 1991年に宇宙飛行士になったジョーンズさん。94年以降、スペースシャトルに4回搭乗。最初がエンデバー、96年にコロンビア、98年と01年にアトランティス。宇宙滞在日数は、トータルで52日間(1272時間)。これには19時間の宇宙空間「歩行」も含まれている。
 「詳しいことは本(自伝「Sky Walking」)を読んでね」と言いながら、サイン入りの写真をくれた。その裏には輝かしい経歴が書いてあった。もとは海軍のパイロットで、博士号もとっている。文系の私にはさっぱり…ながら、科学の分野でいろいろと難しそうな研究もこなしている。ピカピカしたレジュメだ。

宇宙服に身を包んだジョーンズさんのサイン入り写真 Photo © Mirei Sato

宇宙服に身を包んだジョーンズさんのサイン入り写真
Photo © Mirei Sato

 そんなジョーンズさんを囲んで、私たちド素人ジャーナリストが繰り出した質問は……。
 「宇宙人はいると思いますか?」「火星にはいつ行かれるようになりますか?」「ジョージ・クルーニー主演の映画『グラビティー』は見ましたか?」
 小学生なみの質問ばかりだったが、どれにも間髪入れずに気の利いた答えを返し、わかりやすく話してくれた。
 「宇宙人は、かなりの確率で、存在すると思う」とジョーンズさんは言う。「宇宙には知的生命が誕生しうる惑星が200億もあるので、確率はそれだけ高いということです」
 火星には、「2040年までには行かれますよ」と断言。「月の上を歩くことも、5〜10年以内にできるでしょう」。ただし、「政府が新しい宇宙計画に力を入れて、予算がしっかりつけば、ね」と言い添えた。
 政治家次第、つまりは、私たち納税者次第、ということだ。「だからこそ、ケネディ宇宙センターのような施設を、たくさんの人に訪れてもらいたい。宇宙の魅力や宇宙計画の大切さを伝えていくことも、私たち宇宙飛行士のミッションなんですよ」と話してくれた。
 最後に誰かが、「宇宙が恋しくなることはありますか?」と聞いた。ジョーンズさんの瞳が、一気にゆるんだ。
 「宇宙が恋しくなるかって? 毎週夢に見ますよ。それぐらい、激しく強烈な体験でした」
 


  


人類初の月面着陸の快挙を伝えた、世界の新聞 Photo © Mirei Sato

人類初の月面着陸の快挙を伝えた、世界の新聞
Photo © Mirei Sato

 アポロ11号の打ち上げのブースターロケットとして活躍したサターンV。その展示場の一角に、人類初の月面着陸に成功したアポロ11号の快挙を伝える、各国の新聞の一面が掲示してあるのを見つけた。日本の新聞もあった。1969年7月21日、毎日新聞夕刊だ。見出しがいい。
 「いま月を踏んだ」
 続いて、「細かい砂、紫の石 まるでさばくのようだ」とある。
 見出しつけを担当した整理部記者は、記者冥利に尽きたことだろう。インターネットがない時代に、新聞社で整理部といえば、締切間際に送られてくる記事を読み、書いた記者以上にニュース性を理解して、絶妙な見出しをつけることが要求される、職人仕事の部署だった。おそらくこのときも、夕刊(死語になったが)であるぐらいだから、テレビ中継を見ながら、現地入りしている記者が電話で原稿を吹き込んで…といった興奮の中で、ふいと浮かんだ見出しなのではないだろうか。
 目をこらして中身を読むと、「月面で最初の食事」というエピソードがあった。人間が初めて月で食べたものは、ベーコン、ビスケット、桃、フルーツジュース。やっぱり「ベーコン」か! 悪くない。
 その下の社説の見出しは、「人間、ついに月に立つ」。これも味がある。
 快挙を喜びつつ、チクリとした批評も。「月にはじめて立ったのはアメリカ人である」「だからといってアメリカに月領有権があるとはだれも思っていない」
 確かに、アメリカが月をめざしたのは、単純に人間のロマンだからではなくて、緊迫した世界情勢、米ソ冷戦が背景にあったからだ。社説が示唆しているような懸念は、当時はわりと一般的なものだったのかもしれない。
 とはいえ、宇宙はかくも不思議。特に詳しくなくても、憧れていなくても、人間だれもが何かしら個人的なつながりを宇宙に対して抱いている。ケネディ宇宙センターのような場所に来ると、それがよみがえってくる。
 宇宙開発は今でも、国威発揚や資源開発競争と切っても切れないものではあるけれど、宇宙飛行士やエンジニア、一人一人の心の源流は、ピュアな宇宙への憧れと、人間性(ヒューマニティー)への希望であるように思った。
 スペースシャトル計画が終了した今、アメリカは宇宙ステーションへの物資輸送や飛行士輸送を、ロシアの「ソユーズ」に頼っている。自前の宇宙船開発を急ごうと、ケネディ宇宙センターの敷地内では、スペースシャトル時代よりもずっと多くのロケット打ち上げが行われているそうだ。
 帰りのバスの車内から、「スペースX」の創業者イーロン・マスク氏が借り上げているという発射台が見えた。ガイドさんは、「人類が火星に行く、そのときはきっとあそこからロケットが飛び立ちますよ。皆さん、覚えておいてくださいね」と言った。
 「宇宙旅行」も実現間近、そのうちここが空港のチェックイン・カウンターのようになって、普通の人もスーツケースを手に火星へ飛んでいくのかしら。
 ── などと思っていたら、6月末にマスク氏のロケットは打ち上げに失敗し、あっけなく爆発してしまった。
 宇宙はまだ遠い。が、それぐらいでいいのかもしれない。
 


  

Kennedy Space Center Visitor Complex

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■開館時間:毎日9amオープン。閉館時間は季節による。
 広大な敷地内は一般立ち入り禁止の場所も多いため、バスツアーで回る。ツアーは2時間。バスは10am始発で、2:30pm出発が最終。
■入場料:23ドルから。参加するツアーの種類や、実際のロケット発射を見学できるプランなどによって料金が変わる。
■問い合わせ:866-737-5235、877-313-2610
■詳細:www.kennedyspacecenter.com

 宇宙をテーマにしたレストランやカフェ、ギフトショップも充実している。
 親子で宇宙飛行士のトレーニングが体験できるプログラム「Family ATX」(Astronaut Training Experience)が人気。修了証書ももらえる。1人145ドル。ほかに宇宙飛行士と触れ合える「Lunch with Astronauts」など各種プログラムもある(追加料金)。事前に予約する。
 3月から新しいIMAX映画「Journey To Space」が始まった。6月からインタラクティブな展示「Journey to Mars」もスタート。

宇宙飛行士体験ができるツアーもある Photo: Kennedy Space Center

宇宙飛行士体験ができるツアーもある
Photo: Kennedy Space Center


アポロの宇宙服の展示 Photo: Kennedy Space Center

アポロの宇宙服の展示
Photo: Kennedy Space Center

Photo © Mirei Sato

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