シリーズ世界へ! YOLO③ タイ〜水と仏の国 前編

文&写真/佐藤美玲(Text and photos by Mirei Sato)

 この国を嫌いだという外国人に、私は会ったことがない。アジアの超成長都市ならではのエネルギーと、心優しい人々、豊かな自然と食文化。タイの魅力は尽きない。中でも、旧正月ソンクラーン(4月13~15日)前後は、タイの人々が伝統を慈しみ、祈りを捧げる特別な時期だ。
 今年4月、タイ国政府観光庁の招きで、北米のトラベルライター約20人の一団に参加した私は、「微笑みの国」の正月を満喫した。(*注:情報は掲載誌発行時点のものです)

朝靄に輝く、ワット・プラ・タート・ドイ・ステープの仏塔。この寺院を訪れずしてチェンマイを見たとは言えない名所Photo © Mirei Sato

朝靄に輝く、ワット・プラ・タート・ドイ・ステープの仏塔。
この寺院を訪れずしてチェンマイを見たとは言えない名所
Photo © Mirei Sato

伝説の白象を追って
古都の聖寺に初詣

 タイ北部の古都、チェンマイ。新年の朝が明けた。午前6時、南国の「初日の出」はとっくに過ぎている。私は、ガイドのダーさんと、ソンタウ(トラックの荷台を改造した乗り合いタクシー)に乗り込んだ。西へ、標高約1100メートルのステープ山(ドイ・ステープ)へ向かうのだ。山の頂上に、タイ北部で最も神聖な仏教寺院「ワット・プラ・タート・ドイ・ステープ」がある。ツアー行程にはなかったが、ぜひ見たいと頼んで早起きした。

 深緑の木々の山道を、エンジンを噴かして上がっていくソンタウに、負けじと鳥がさえずる。やはり「初詣」に向かうのか、地元の人を乗せたバイクや車が、猛スピードで抜かしていく。

 チェンマイ生まれ、ガイド歴8年のダーさんが教えてくれた、ドイ・ステープにまつわる伝説は次のようなものだ。

 14世紀後半。インドからタイへ仏教を広めにやって来た僧侶が、旅の途中で夢を見た。お告げに従って、橋の下の赤い花のそばで釈迦の遺骨を見つけた僧侶は、タイ北部を支配するスコータイの王から、遺骨を安置する特別な場所を探すよう命じられる。僧侶は、遺骨を箱に入れ、聖なる白い象の背中に乗せた。すると白象は歩き出し、やがて急な山を登り始めた。深い森を過ぎ、ステープ山の頂にたどり着いた白象は、立ち止まり、倒れて息絶えた。王は、その場所に仏塔(チェディ)を建て、遺骨を納めた。

伝説の象Photo © Mirei Sato

伝説の象
Photo © Mirei Sato

 それが、ステープ寺院だ。以来、巡礼に来る人が絶えない。1934年に道路が開通してチェンマイの市街地から車でアクセスできるようになると、観光客も増えた。

 山門前でソンテウを降りて、306段の階段を上がる。蛇の神ナーガの姿をした手すりは、下から見上げると緑色、上から振り返ると黄色に変わる。大蛇の背に乗って、天界へ上っていくような感覚だ。

Photo © Mirei Sato

306段の階段
Photo © Mirei Sato

 境内には、見たことのない美しい朝靄が立ちこめていた。霧吹きをかけたように、露が大きな粒子になっているのが、肉眼で見える。リーンと頭の中で鐘が鳴るような、透き通って厳粛な世界。そこに、黄金色の仏塔が浮かんでいた。

 仏塔の周りには、金色やエメラルド色をした様々な表情の仏像が並ぶ。人々は、ハスの花を手に仏塔をぐるぐると回遊し、仏像の前に立ててあるロウソクの火を絶やさないよう油を注ぎ足しながら、熱心に祈りを捧げていた。本堂の中に入り、ひざまずくと、僧侶が頭に聖水をかけて1年の幸せを祈ってくれた。

タイの人たちは西暦のニューイヤーも中国の旧正月も祝うが、ソンクラーンは特別。1年の幸福を祈りにやって来るPhoto © Mirei Sato

タイの人たちは西暦のニューイヤーも中国の旧正月も祝うが、ソンクラーンは特別。
1年の幸福を祈りにやって来る
Photo © Mirei Sato

 寺院内には、白象の像や、菩提樹、幸せをもたらす33の鐘など、幾つもの見どころがある。展望台からは、晴れた日には素晴らしい眺めが楽しめるそうだ。

 聖なる山と寺院は、チェンマイの人々の暮らしと共にある。ダーさんの祖父母は、別の町へ出かける時は、必ずステープの方を向いて、旅の無事を祈るという。チェンマイの大学では、新入生が、教授に引率されてこの山を歩いて登る「必修授業」がある。マンシーニの名曲に引っ掛けたのか、「ベイビー・エレファント・マーチ」(子象の行進)と呼ばれているそうだ。

 熱心な仏教徒ではない私も、豪華絢爛な仏像の美しさに、いつまでも眺めて拝んでいたい気になってくる。しかしダーさんは、「尊敬する僧侶から教わったことだけど」と前置きして、「仏像崇拝は、時として私たちの視界を遮ってしまう。そこで終わらず、社会のため他人のために行動してこそ、本当の信仰だ」と言うのだった。

色も表情も異なる仏像の群れは、いつまで見ていても飽きないPhoto © Mirei Sato

色も表情も異なる仏像の群れは、いつまで見ていても飽きない
Photo © Mirei Sato

 そういえば、ステープの山道の途中には寺院が幾つかあり、道路脇に並ぶ僧侶や修行中の子供たちに、「喜捨寄進」する人で混み合っていた。僧侶が抱える鉢の中に、手作りのお菓子や食べ物、ジュースを入れてあげるのだ。この辺りには、近隣国から迫害されて逃げてきた僧侶もいるという。

 山道をさらに進めば、コーヒー農園や湖、山岳民族が住む村などを通って、ミャンマーへ抜けられる。探検してみたい思いに駆られながら、ソンタウに乗り、「下界」へ戻った。ソンクラーンは始まったばかり、見るものはまだ沢山ある。

料理ができない僧侶のために、「喜捨寄進」で食べ物を捧げるPhoto © Mirei Sato

料理ができない僧侶のために、「喜捨寄進」で食べ物を捧げる
Photo © Mirei Sato

タイ北部の山岳少数民族の子供たち。伝統衣装をまとい、観光客や参拝客のためにダンスや写真撮影に応じるPhoto © Mirei Sato

タイ北部の山岳少数民族の子供たち。
伝統衣装をまとい、観光客や参拝客のためにダンスや写真撮影に応じる
Photo © Mirei Sato


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