シリーズアメリカ再発見㉛
A River Runs Through…
テネシー州チャタヌーガ

文&写真/佐藤美玲(Text and photos by Mirei Sato)

ティナ・ターナー、ドリー・パートン、ベッシー・スミス、エルビス・プレスリー、ジャスティン・ティンバーレイク…。多くのミュージシャンを生み出してきた、にぎやかで心を揺さぶる音楽の都。それがテネシーだ。
しかし、州の南東部チャタヌーガを中心とする地域には、そんなイメージとは違う、静謐な自然が広がる。チェロキー国有林を流れる川に沿って、晩秋のチャタヌーガを旅した。

照明に浮かび上がる滝「ルビー・フォールズ」。落ちてくる水の勢いに圧倒されるPhoto © Mirei Sato

照明に浮かび上がる滝「ルビー・フォールズ」。落ちてくる水の勢いに圧倒される
Photo © Mirei Sato

川で釣り

 リライアンスという名前の小さな街の看板を通り過ぎると、カーブが続く山道になった。濃い霧で数メートルしか先が見えない。川べりに着くと、水面からゆらゆらと湯気がたちのぼっていた。この世とあの世のかけ橋のよう。ちょっと不気味な美しさだ。
 川の名前は「Hiwassee River」。ハーワシーと発音する。先住民の言葉で、丘のふもとの草地、という意味らしい。ハイワーシー(Hiawassee)という別の川が、隣りのジョージア州にある。

 ここで私を含めた6人のライターが、フライフィッシングに挑戦することになっていた。午前9時前、霧が晴れて太陽が差し込んできても、外気があまりに冷たいからか、湯気は消えない。そんな中、ボートを出した。
 本来なら、ボートは使わず、川にそのまま入る。ウェイダーという、長靴がそのまま腰まで続いているようなズボンをはいて、だ。
 でも私たちは、サンフランシスコやロサンゼルス、アトランタといった都会から来た、完全な初心者。そろって背が低いこともあって、「今日は水量が多いのでボートの方が安全でしょう」と判断された。
 地元のベテラン釣り師、スキップ・ウェイブラントさんが、私が乗るボートをこぎ、指導もしてくれることになった。
 川に出てしばらくするとサイレンが鳴った。上流のダムが開いて放流が始まる合図だ。これを機に、ウェイダー姿の釣り人たちは注意して浅瀬に移る。ボートの私たちは逆に、水かさが増すのを待って下流へ向かった。

ウェイダーをつけて川に入り、フライフィッシングをする人たちPhoto © Mirei Sato

ウェイダーをつけて川に入り、フライフィッシングをする人たち
Photo © Mirei Sato

 狙うのはトラウトだ。好物の小さな虫(フライ=fly)に似せたエサを釣り糸の先につける。フライは、ふ化してから24~36時間しか生きない。交尾した後、メスは水中で卵を産んですぐに死ぬ。水面をふらふらと力なく飛ぶフライを、確かに見かけた。その動きをまねて釣り糸を揺らし、トラウトが引っかかるのを待つ。
 「時計の10時と2時の動きです」とスキップさん。釣り竿を2時のところで少しため、10時を意識して前方に投げる。ピシュッ、ピシュッと、空気をさく音がかっこいい。
 こんなに簡単でいいのかしらと思ったが、アメリカらしく、それ以上のウンチク指導はなし。
 もちろん私たちは、ピショーン、ピショーン、という感じで、岩や草や互いのセーターを引っかけることも多かったが、それでも何度かはうまく投げることができた。糸をたらして流れに任せ、トラウトの影を探す。ただし目があってしまったら、ゲームオーバー。さっさと水面深く逃げられてしまう。

 ◆ ◆ ◆

 私にとっては、フライフィッシング=(イコール)、映画「A River Runs Through It」だ。モンタナの自然の中で紡がれる父と息子の物語。主演のブラッド・ピットがまだ若くて、ヒリヒリするような演技を見せていた。こんなに美しい釣りがあるのか、と感動したものだ。
 そんなことを言うと「ハリウッド映画なんて…」と笑われるかと思ったが、スキップさんは「それ、私の大好きな映画ですよ」と言った。釣りの好みやスタイルはたいてい、生まれ育った場所や、祖父や父に教わったことに影響されるそうだ。

 釣れないからか、川があまりに静かだからか、会話はいろいろな方向に流れていき…。64歳になるというスキップさん。「ケネディとキングが暗殺された1960年代が私の青春時代だったんですよ」と話し出した。
 「モハメド・アリが、父との最初のケンカでした。私はアリが好きで、父は嫌い。父は声高に自分を主張したり自慢したりすることに抵抗を感じる世代でした。青春って、人生の核になる部分や、信念を形成する時期でしょう? その時期に、世界が分裂しちゃっていましたからね。断絶感は大きかったですよ」
 そんなスキップさんの人生の中に常にあったのが、フライフィッシングだった。オレゴンで生まれ育ち、クラマス川で遊んで身につけた。リタイアしてテネシーに引っ越してきたのも、川が多くていつでも釣りができるから。
 「釣りをやっていると、毎日何か新しいことを学べるんです。フライやトラウトの動き、川や鳥について…。釣れる日もあれば釣れない日もあって、それはまあ、関係ないんですよ」

 結局、私にビギナーズ・ラックは訪れなかった。6人のライターの中で1人だけ、一番小柄でおとなしいリズがトラウトを引っかけた。ボートの上で大きな叫び声を出し、「すごくヌメヌメしてて何度も落としちゃった」と言っていた。
 私たちが訪れた時期は「キャッチ&リリース」に限られていて、釣れてもすぐに放さなければならない。食べられるわけじゃないから…と、諦めはついた。

 最後に、「フライフィッシングをするのに一番いい時間帯や季節ってありますか」と聞いてみた。スキップさんの答えは…。
 「Anytime you can go out fishing is the best time for fishing」
 一人だけの水の上の静かな時間。世界が自分に語りかけてくる——。そんな瞬間がもてることこそ人生の至福、ということなのだろう。

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