シリーズ世界へ! YOLO⑫
行っちゃいました! 夢の南極 (Antarctica)
〜前編
文&写真/佐藤美玲(Text and photos by Mirei Sato)
- 2013年8月20日
Day 1 ︱ 6 December 2012
- 記録時間1930hrs
- 緯度54˚53′ S/経度67˚56′ W
- 針路100˚/速度12.2 knots
- 気圧986.6 hPa/風速15 knots W
- 気温9℃/海面温度5℃
12月6日。私は「この世の果て」に立って、灰色の海を眺めていた。アルゼンチン、ウシュアイア(Ushuaia)。南米大陸そして世界の最南端にある港町だ。スペイン語で「Fin del Mundo」(World’s End)。ここから、南極へ向かうのだ。
「我が社の南極冒険クルーズに同行取材できるジャーナリストを探しています」。オーストラリアの旅行会社「オーロラ・エクスペディションズ」からメールを受け取ったのは11月だった。こんな機会は人生に1度しかないだろう。何も考えず、すぐに応募した。トントン拍子に話が進んだ。30ページ以上の詳細な説明書が届いた。それを読みながら、私は興奮するのと同じ勢いで、どんどん不安になった。
ロシアの砕氷船で行く50人規模の比較的小さなクルーズだ。揺れるのだろうか。日程には氷上でのキャンプも含まれていた。実は、寒いのは大の苦手。何を着ればいいんだろう。必要な持ち物リストは思ったより長く、何から何まで買わねばならないことが分かった。
アウトドアの専門店を10軒以上回ったが、収穫なし。11月とはいえロサンゼルスはまだ暑い。店にある一番の厚着でも、到底南極には耐えられなさそうだ。まともな長靴さえ見つからず、「アンタークティカへ行くんです」と言っても、聞き慣れない英語に店員がキョトンとするばかり。日系の書店では木村拓哉のドラマ本を差し出され、ますます不安になった。
現地事情をよく知る友人でもいれば聞きたいところだが、さすがに南極に行ったことのある人は……と考えて思い出した。朝日新聞に勤めていた時の同期・中山由美が、日本の観測隊に同行して南極からコラムを書いていたっけ。駆け出しの頃に一緒にスポーツ取材をして以来だったが、思い切って連絡した。
「南極半島クルーズかな。そうだとすれば、それほどの装備は不要と思います」。すぐに返事をくれた。「南極半島は南極の中で一番暖かい所です。しかもクルーズ船が行くのは夏季のはず。北海道の冬を経験している人だったら『北海道の冬の方が寒い』と思うくらいでしょう」
確かに。南極へ行く——そればかり考えて舞い上がっていたが、当然ながら私のような旅行者は、昭和基地や南極点、「タロジロ」の世界に飛び込むわけではない。南極は広い。大陸の97%が氷で覆われ、人類未踏の地域も残る。普通の旅行者が行かれるのは、北西端の一角の半島部分だけだ。
彼女は日本の女性記者として初めて南極で越冬。北極にも2度行っている。「何を着ていけばいい?メガネは曇る?」と軟弱な質問を投げ続ける私に、ベテランがくれたアドバイスは、「ちょっとの心配より、大きな夢と期待。案ずるより産むが易し!」。
その通りだ。私はウシュアイアの港に立っていた。冷たい海から吹きつける風で、海岸の木はすべて恐ろしいほど傾いている。目の前にポーラー・パイオニア号が停泊していた。
午後4時、乗船。最上階のキャプテンズ・ブリッジでこれから9日間をともにする仲間たちに会った。オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、ノルウェー、南アフリカ、香港、ロシア、シンガポール、中国、アメリカ、ブラジル。国籍はさまざまで、リタイア組もいれば若い新婚夫婦もいた。共通しているのは、南極という夢の場所へ初めて行くということ。
ニュージーランド人のドン・マクファジェン隊長と、オーストラリア人のマギー・シンデン副隊長以下、オーロラのベテランスタッフが私たちを率いる。ユーリ・ゴロドニック船長と約20人の航海士や船員は皆ロシア人だ。
デッキに上がる。ウシュアイアの町を夕日がぼんやり照らしていた。この最果ての地には、かつてヤマナ族が住んでいた。岩の上で彼らが焚く火を海から見た人が、ここを「Tierra del Fuego」(火の土地)と名づけた。ヨーロッパ人は、裸で暮らすヤマナ族を野蛮で不潔と考え、屋根と衣服を与えた。それまで雨で自然に清められ火ですぐ乾く暮らしを送ってきたヤマナの人々は、湿気と汚れで病にかかりバタバタと死んでしまったそうだ。
出航の時間がきた。火の土地を背に、氷の大陸へ。船はゆっくりとビーグル水道を抜け始めた。左がアルゼンチン、右がチリだ。暗くなりかけた海を、私たちが向かうのと逆にウシュアイアの方へ、アザラシが力の限り泳いでいくのが見えた。
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