シリーズアメリカ再発見㊵
ウィスコンシン
チェリー漬けの日々

文&写真/佐藤美玲(Text and photos by Mirei Sato)

燃え上がる「フィッシュ・ボイル」
「チェリー・バウンス」で冬を待つ

 ドアー・カウンティーは、ウィスコンシンの中でも広大な郡で、グリーンベイから北東へ、細長く70マイル伸びた半島だ。突き出し加減がそう見えることから、「ウィスコンシンの親指」という愛称がある。
 半島のさらに先に、ワシントン・アイランドが浮かんでいる。この島との間に横たわる水がよく荒れたことから、かつてフランス人が「Portes des Morts」(英語でDoor of Deathの意味)と呼んだ。そこからドアー・カウンティーという名前がついたそうだ。
 5つの州立公園、10カ所の灯台がある。海岸線は300マイルに及び、五大湖周辺ではもっとも長い。
 島を周回する道路沿いには、かわいい店が並び、ワイナリーや果樹園、ギャラリーの看板があったり、シーフードの看板があったりする。どことなく、ニューイングランドとカリフォルニアを合わせたような雰囲気だ。独特のチャームがある。
 一般的な「中西部」のイメージとはだいぶ違う。時折目につく「チーズ」の看板で、ああここはウィスコンシンだった、と思い出す。
 それもそのはず。聞けば、ドアー・カウンティーが観光地として注目され出したのは、1960年代後半。ナショナル・ジオグラフィック誌が「中西部のケープコッド」と形容して紹介記事を載せたのがきっかけだったそうだ。
 ふだんは人口2~3万人の街が、夏は10倍、25万人に増える。シカゴから近いこともあって、有名人や金持ち経営者の避暑地にもなっている。
 半島西側のスタージオン・ベイは、夏は水が温かく穏やかなので、泳ぐ人が多い。カヤックやヨットも気持ちがいい。泳ぎ疲れたあとは、近くのスタンドでチェリーソーダをゴクリ。
 チェリーソーダなんて歯がとけそうに甘いのでは、と思ったが、スーパーで売っているチェリーコーラのような加工した代物とは違う。ナチュラルで甘すぎず、炭酸もきつくなく、さわやかな飲み心地だった。
 釣りも盛んだ。よくとれる魚は「ホワイトフィッシュ」。ただの白身魚ですと言わんばかりの素っ気ない名前なのだが、どうしてどうして。脂がのっていて、なかなか美味しい。
 この切り身をバスケットにいれて、レッドポテトとオニオンと一緒に焚き火の上の鍋にくべるアウトドア料理が「フィッシュ・ボイル」。夏を代表する、ウィスコンシン州北東部の名物料理だ。
 ゆで上がるまで、焚き火を囲んで「歴史語り」を聞く。調理のクライマックスに、鍋に向かってケロシンをドバッとかける。魚から出た脂が、炎を呼びこんで、何メートルもの高さに燃え上がる。ちょっと危ない、けれど楽しい、ドアー・カウンティーの夏の風物詩だ。
 先住民のポタワトミ族に伝わる調理法で、スカンジナビア半島からの入植者たちが定着させた。溶かしバターを落として、焼きたてのパンと一緒に食べる。
 デザートは、チェリーパイにチェリーアイスクリーム。これらも、今までのイメージをくつがえす味。
 なんでも、地元で新鮮な旬のものを食べるのが一番だ、と実感した。
 湖畔のデッキチェアで読書する女性。夕暮れどき、水辺に集まっておしゃべりする老夫婦。夕日に向かって小石を投げ続ける、小さな兄弟。夏よ去らないで、と言いたげな光景だ。
 でも、間もなくやってくる冬にも、楽しみが待っている。「チェリー・バウンス」だ。
 収穫シーズンに摘んだタルトチェリーを、瓶詰めにして、たっぷりの砂糖とドアー・カウンティーで蒸留したブランデーを注ぎ、よく振って、冷暗所に保存したもの。
 サンクスギビングになったら開けて、家族や友人同士で品評会をする。「今年は砂糖が少なすぎたな」とか「来年はウォッカで試してみるか」とか。
 それからクリスマスまでの間、暖炉の前で、ちびちびとやりながら、また春を待つ。


取材協力/Special thanks to Door County Visitor Bureau

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