第161回 TPPについて思うこと ③

文/日比野泰(Text by Hiroshi Hibino)

 前2回では、TPPが日本にもたらす未来を知りたければ、今現在のアメリカを見ればよいこと、そして 投資の妨げとみなされる、関税以外の非関税障壁を撤廃させられることでの影響も甚大で、食の安全規制への制約や医薬品・医療費の高騰、公的国民健康保険制度の無効化をはじめ、隠れた様々なリスクを事前に全て把握して、完璧な対策をとるなど不可能であること、更にISD条項という、投資家の損得のみが争点で(例え国民に害があろうが)投資家だけを保護するためだけに存在し、国内法より上で負ければ上告もできない制度の怖さに加え、審議機関も米国寄りでアメリカは無敗、更にはラチェット規定という、一度TPPが始まれば退路は絶たれることなどについて触れました。
 要するにアメリカとの取引が大半となるTPPは、想像しきれないほど危険度も高く、取り返しが付かないリスクだらけなのに、それでも日本政府はなぜ推進しているのでしょうか?

メリットは、一体何?

 一応、安倍政権の2013年での試算では、TPPにより日本は農林水産物生産額が(安価な輸入品に市場を奪われるため)3兆円減で、経済全体では3.2兆円増でした。政府も認めている通り、数字的にみても、農林水産業に大打撃を与えることは自明で、先進国でも致命的に低い自給率を更に下げ、被間接支配を更に推進する見返りとしてのGDP僅か0.2兆円増が、メリットということでしょうか?
 ちなみにこれはTPP発効10年後での話なので、年平均僅か200億円増程度でしかなく、それこそ私が昔関わった、中企業の某クライアント1社の年商にすら遠く及ばない額ですから、メリットの前提から既に意味不明なのです。
 また「輸出企業が関税撤廃により価格競争力が増し、海外進出しやすくなる」という政府の主張も詭弁で、勿論日本の優れた工業製品などの輸出で、ニッチな分野では多少有効に働くかもしれませんが、そもそも米市場の大半の関税率は既にかなり低い上、日本企業のアメリカ進出案件と多々遭遇してきた経験上から言わせて貰えば、技術力があっても、“値段が高いから売れない”、など単純な話ではないケースがほとんどです。

米市場の参入障壁は関税ではない

 米国市場において、日本企業の一番の参入障壁は文化、価値観、言語の違いへの理解・順応力で、製品企画力やマーケティング力からも、韓国をはじめとする競合に比べ致命的に劣っており、結果売れないし、生き残れないのです。
 製造品、農産物の輸出は更に顕著で、日本製である必要性もなく、BestBuyの主要家電で日本製品を見ることの方が珍しくなったくらいに、市場で負け続けているのはなぜか? ということです。
 成功している企業は、正しい市場・需要・ターゲット分析を経た製造企画や、日本のスタンダードが通用しない自覚と異文化への理解や尊重があり、日本側の本社機構も不必要に介入しないなどの特徴が見られます。言葉の問題にしても、日本育ちであれば、英語が堪能であっても、文化的背景をも踏まえた言語的正解を、本来なら理解できるはずもないのですが、積極的にアメリカ社会に入り込んで苦労を重ね、その高いハードルを越える人も中にはいます。しかし残念ながら、こういう企業や人材が本当に少ないのが現実です。
 言語の障壁の例外として、逆に1年近く日本語版しかなかったのに、ネコを集めるアプリが、アメリカ人の間でも既にブレイクしていましたが、要はTPPが米国進出の何かを勝手に後押ししてくれるわけではなく、ほとんどの場合、企業側の努力や理解、或いは独自性や創造力などが結局のところ決め手となるはずです。

TPPに参加する真の動機は?

 勿論、リスクのないビジネスなどありませんが、日本の農業を破綻させた上で、医療、保険などを始め、想定不能な広範囲のリスクに晒されるのに見合うリターンが見えてこないのは不可解ですよね? そもそも、日本はこれまでも内需で回っていた国であり、輸出割合も非常に低く、日本政府の公式発表をほんの少し掘っただけでも、辻褄が色々合わないわけで、TPPに参加している真の動機が果たして何なのか、疑問に思いませんか?

 次回でこのTPPの話を締め括ると共に、あまりに多忙なため、私の本誌での連載を暫くの間お休みさせて頂きます。今回、IT侍が扱うテーマには不相応だったかもしれませんが、どうかご容赦ください。日本を離れて14年、アメリカに住んだことで、それまで見えていなかった日米の良い点・悪い点に気づき、同時に日本の良い点が年々損なわれていく様を見てきましたが、TPPはその集大成です。黙って見ていられなくなり、節目のテーマに選びました。

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日比野泰 (Hiroshi Hibino)

日比野泰 (Hiroshi Hibino)

ライタープロフィール

Artisan Crew代表。静岡大学工学部卒。2001年に渡米し、ロサンゼルス・エリアにてArtisan Crewを設立。チーフエンジニアとして日米の企業向けに基幹システムを多数開発。次第にニーズと共に、Webマーケティングを中心とした、ブランディングやアメリカ進出サポート、バイラルマーケティングなど、広告代理店としてのサービス提供へと展開するにつれて、Webプロデューサーやクリエイティブディレクターとして、分析・戦略の立案からチームのマネージメントなどの役割を担当。年商2億円増のSEO、月商10万ドル超のECサイト、シェア1位を獲得するブランディング、ファン数10万人超えのSMM、売価の1%以下のCPAを実現するPPC広告など、米系企業とも対等以上に戦える希少な日系企業として、成果の伴うサービスをモットーに企業マーケティングにも貢献。

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