世の中にパーフェクトな人間などいないというのは私の持論ですが、パーフェクトな犬はいると思います。しかし、いくら親ばかな私でも、我が愛犬ノアをパーフェクトな犬とは思っていませんが、ノアは大変「暮らしやすい犬」で、彼を一言で表現する時にその言葉が一番に浮かびます。今回は、愛犬ノアが一番誇れる「暮らしやすさ」についてのお話です。
番犬にならない…
ニューヨークにいた時も、LAに越して来てからも、よくご近所さんに「ノア家にいるの?」と聞かれます。ノアがいつも静かなので不思議なようです。基本的に、私は愛犬を家の中で走り回らせたり、遊んで暴れたりさせません。体の運動は外、家は静かにくつろぐ場、または頭の体操だけの場としています。家に遊びに来る人たちが、ノアが家で静かなので面白くないと言うこともありますが、お客さんが来た時だけOKという理屈は犬に通じないし、混乱させるのが嫌で、極力基本ルールは守らせるという考えです。また、愛犬が家の中で収拾がつかないほどやんちゃでは毎日の生活が大変です。愛犬が家でリラックスしていれば、自分の生活も楽になり、相互効果になります。
ノアが静かなのは、彼が年に1-2度しか吠えないからでもあります。そういう意味では番犬にならないのですが、それよりも、住宅が密集した都会生活をする上で、近所に迷惑をかけることがなく、大変助かっています。
また、毎日のルーティンを把握しているので、その通りに行動してくれるのも楽です。ノアは留守番が大得意で、後追いして吠えたり泣いたりは一切せず、また留守中に家の中で悪戯もしません。トイレも絶対に外なので、一度も家を汚したことがありません。そのお陰で、一日家を空けている私は安心して外で頑張れるわけです。
またノアは人を恐れないので、どんな人間に対しても友好的に接することができ、小さい子供でも安心してそばにいさせられるのは大利点です。
社会化・社会性
上記からもわかるように、「暮らしやすい犬」という条件は「社会性があるか、社会化されているか」に関わってきます。私は、常日頃から「愛犬に一番養わせてほしい要素は社会性」と説いていますが、人間社会の一員であるペット犬は、社会性が有るか無いかで、一緒に暮らしやすいかどうかの差がうんと変わります。シェルターにいた時にも、社会性が有る無いで新しい家が見つかる確率の差がかなりありました。
努力が実を結ぶ
もちろん「暮らしやすい犬」の陰で、飼い主の努力がないわけではありません。毎日の十分な運動と遊び、さらに頭の刺激を提供し、栄養が行き届いた食事を与え、健康管理を怠らず、良し悪しをきちんと教え、飼い主との上下関係をきちんと築く。また、飼い主の私が常に心身共にバランスの取れた健康状態でいることを心掛けています。愛犬が常に安心感を持てる環境を提供するのは、飼い主の器量です。しかし、これは普通の飼い主が普通にすべきことで、これらを楽しんでできないと、犬との暮らしは窮屈なはず。こういうことを「普通」と思え、楽しめたら「暮らしやすい犬」が育ち、そんな犬との楽しい生活ができるのだと思います。私の場合、ノアのDNAがよかったラッキーな飼い主ですが、愛犬との間で意思疎通がよくでき、以心伝心の関係まで持っていけたら「暮らしやすい犬」との生活に辿り着くのだと思います。
次回は、『The Champions』というドキュメンタリー映画についてお話します。お楽しみに!
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