第9回 かくし味

文&写真/樋口ちづ子(Text and photos by Chizuko Higuchi)

 新年おめでとうございます。

 皆様の新しい年があれもしよう、これもする、こうなろう、憧れや野心にあふれた年でありますように。

 我々にはここ米国で挑戦するチャンスがある。明確な目標をかかげるほど、結果がでる。目標の月は落とせずとも、周りの沢山の星は落とせた結果になる。ビジネスミーティングなどでは、よく新年にこういわれ、目標を詳細に書かされる。

 元旦は一年のスタートライン。特別な日だ。私にはこの日に必ず行く集まりがある。日本人妻たちのおせちパーティー。メンバーは6人。私以外はアメリカ人夫を持つ在米40年前後の日本人女性たちだ。この日ばかりは夫ぬき、女だけの賑やかなパーティーになる。

 彼女たちにめぐりあったのは、ガンで亡くなった親友を偲ぶ会だった。仲間に誘われた。私よりはるかに先輩だ。苦労のレベルが違う。話しが合うか心配だった。ところが彼女たちのおしゃべりは実に楽しく余韻の残るものだった。

 理由はこうだ。まず、人のうわさ話はしない。これ、なかなか出来ないもの。話すのは自分が困ったこと、楽しかったこと、家族の近況報告、米国の社会情勢についてどう思うか。はっきり自己主張をする。陽気に自分の失敗を笑って披露する強さがある。脳味噌の中を風が吹きぬけるような爽やかさがあった。さすがだなと思った。

 彼女たちが渡米した40年前、おそらく日本の家族からは猛反対をうけたはずだ。当時は情報も少なく、米国は遠い未知の国だった。実際、愛する夫だけを頼りに米国に来たものの、周りに日本人は一人もいない。文化も、生活習慣も、考え方も違う夫の親族とのつき合いにとまどう。日本人の私が産んだ子供はアメリカ人として育つ。一体どう育てたらいいのだろう。孤軍奮闘した。孤独に泣いた。米国に来るのではなかったと後悔した。こんな孤立無援の時にあちらに一人、こちらに一人、日本人妻がいると聞きつけ、長い年月の間に6人の仲間になった。それからは、互いに助け合ってきた。そういう仲間だと教えられた。

 6人集まると、一緒に子供たちに日本の文化や行事を教え始めた。お正月、おひな祭り、端午の節句、七夕、お盆、お月見、餅つき。行事ごとに料理を持ち寄り、その意味や歴史を子供に教え、一緒に祝った。日本食の材料なんてどこにも売っていない。似たような食材から、記億の底に残る日本料理を工夫してつくり、持ち寄った。それを面白がった子供たちが友人を誘い、夫たちの知人も集まり、時には大パーティーにもなったのだった。

重箱と羽子板 Photo © Chizuko Higuchi

重箱と羽子板
Photo © Chizuko Higuchi

 時は流れ、子供たちは独立し、今は妻たちだけが残った。話すのは孫の話と様変わりした米国の世情について。そして今でもおせち料理はもちろん手づくりだ。「今年は栗きんとんに挑戦よ」「まあ、豪勢ね」「私は昆布巻き。中の魚はなんだか判らないけど小魚よ」「黒豆、今年は焦がさなかった」笑い声がパーティー主催者の台所に渦巻く。40年前に日本から持参したボロボロの料理本を一人が開けば「あら、今、クックパッドという便利なものがあるわよ」「私はこの本に40年間お世話になったから、これでいいの」会話は続く。

 皆、知っている。日系スーパーに行けば、今は立派なおせち料理が買えるのを。しかし、日本人妻たちには「おせち料理もどき」をつくることに意味があるのだ。料理はもどきでも、心に残る日本への愛は、昔も今も本物だ。母国への愛を試行錯誤でつくっているのだ。

 無力な一人の日本人妻が知らない間に日本を代表する小さな親善大使の役を果たしてきた。アメリカ人の夫に、2人の子供に、近所の人に、日本文化を紹介してきた。流した涙と味わった孤独は胸の中に封印し、いつも穏やかな笑顔をたたえている。日本女性の芯の強さ、しなやかさを伝えてきたのだった。

 元旦の午後の穏やかな陽差しを受けながら、手づくりおせちをいただく。美味しい。たゆまぬ努力をしてきた彼女たちの年月がお料理のかくし味だから。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう37年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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