シリーズアメリカ再発見㊹
FIESTA! サンアントニオ

文&写真/佐藤美玲(Text and photos by Mirei Sato)

 

千枚以上の作品を展示する「Toilet Seat Art Museum」 Photo © Mirei Sato

千枚以上の作品を展示する「Toilet Seat Art Museum」
Photo © Mirei Sato

 サンアントニオに行ったらぜひ訪れたい場所があった。ライター仲間から「アメリカらしいロードサイドの奇妙な場所。アラモ砦よりおすすめだよ」と聞いていた。

 「Toilet Seat Art Museum」(トイレ便座美術館)。トイレの詰まりを修理するプラマーからアーティストに転じた、バーニー・スミスさんの自宅ガレージである。

 今年95歳になるバーニーさん。夕方、突然の訪問だったにもかかわらず、ニコニコして裏庭から出てきてくれた。

「Toilet Seat Art Museum」のアーティスト、バーニー・スミスさん。すべての作品の背景をこと細かに覚えていて、嬉々として語ってくれる Photo © Mirei Sato

「Toilet Seat Art Museum」のアーティスト、バーニー・スミスさん。
すべての作品の背景をこと細かに覚えていて、嬉々として語ってくれる
Photo © Mirei Sato

 子供の頃、父親と一緒に狩猟に出かけ、仕留めたシカの角を飾るのにトイレの便座カバーを使うことを思いついたのが最初だったという。洋式トイレの白い便座カバーを、写真やオブジェで飾った独特のアート。テレビで取り上げられて有名になり、1992年に美術館をオープンした。千枚以上の作品が、扉から天井までぎっしり展示されている。

 いっけんガラクタに見えて、オタカラの山だ。テキサス州の車のナンバープレートや、スパーズの優勝を記念して選手の顔写真をはりつけたもの。サダム・フセインが使っていたトイレの一部。打ち上げに失敗して爆発したスペースシャトル「チャレンジャー」の破片…。

 世界中から「素材」が送られてくるそうだ。チャレンジャーの破片も、ケープ・カナベラルに浮かぶ残骸を見つけた人が、NASAに渡そうとしたが断られ、「バーニーさん、あなたの手でアートにしてください」と頼んできた。

誰かにもらったという日本円のお札でつくった作品=「Toilet Seat Art Museum」 Photo © Mirei Sato

誰かにもらったという日本円のお札でつくった作品=「Toilet Seat Art Museum」
Photo © Mirei Sato

 1 枚つくるのに、多いときで200時間を費やす。すべての作品の背景を克明に覚えているのがすごい。2年前に亡くなった妻のゆかりの品を使ったシートもあった。自分の人生、家族の記憶、アメリカという国の思い出を、バーニーさんはいわばアルバムにしているのだと思う。

 一番気に入っている作品はどれですか、と聞くと、扉の近くにあった1枚のシートを持ち上げて抱えた。「これはね、私がよく知っている12歳の男の子が書いたものなんですよ」。指さす先に、ボロボロで文字が消えかけている紙があった。

 「テキサス・イーストランドのハイスクールに通っていて、先生から宿題で詩を暗誦するよう言われました。男の子は一生懸命これを見ながら練習してね、立派に暗誦したんですよ」

 「ジャングル・ブック」で有名なイギリスの詩人、キプリングの「When Earth’s Last Picture is Painted」。バーニーさんはそれをすらすらと暗誦し始めた。けっこう長い。すごい記憶力だ。12歳というから孫かひ孫の自慢話をしているのだろうと思いながら、私は聞いていた。暗誦を終えると、バーニーさんは微笑んだ。「この子はね、私なんですよ」

 つい、ホロリとした。人はみな、いくつになっても少年少女のままなのだ。

取材協力/Special thanks to San Antonio Convention & Visitors Bureau

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