シリーズアメリカ再発見㉝
アイオワ 農業地帯をゆく

文&写真/佐藤美玲(Text and photos by Mirei Sato)

豊かに蛇行するミシシッピ川。トウモロコシ畑に落ちるピンク色の夕日。父と子が心を通わせるグラウンド……。アメリカ有数の農業地帯、アイオワを旅した。(*注:情報は掲載誌発行時点のものです)

 

左から、ハンク・ルーカスさん、フランク・ダーディスさん、マーブ・マイヤーズさん Photo © Mirei Sato

左から、ハンク・ルーカスさん、フランク・ダーディスさん、マーブ・マイヤーズさん
Photo © Mirei Sato

FAMILY 家族

 激動の1960年代にカリフォルニアで青春を送ったレイ・キンセラは、結婚を機にアイオワへ引っ越し、農場
を買う。「If you build it, he will come」。夕闇のトウモロコシ畑から聞こえる声に導かれて、レイはそこに野球場をつくる。ある夜、伝説の打者シューレス・ジョー・ジャクソンが現れて、レイとノックを始める。1919年の八百長疑惑で球界を追放されたジョーは、再び野球ができることを喜ぶ。やがてほかの選手(故人)も続々と現れて試合をするようになるが、本当にレイが待っていたのは、心を通わすことのないまま逝ってしまった父だった——。

 1989年に公開された、「フィールド・オブ・ドリームス」。二枚目俳優として名が売れ出した頃のケビン・コストナーがレイを演じ、大ヒットしたハリウッド映画だ。映画のロケ地だったアイオワ州のダイアーズビルも、一躍有名になった。
 公開から25年が過ぎた今、アメリカでも日本でも、若者は相当の映画好きでない限り、「フィールド・オブ・ドリームス」と聞いてもピンとこないだろう。それでも、ダイアーズビルに残るロケ地の跡は映画そのままに保存され、毎年5万人以上の観光客が訪れる。

 グラウンドに着くと、映画を再現するかのように、3人の「ゴースト・プレイヤー」が白いユニフォーム姿で立っていた。キャッチボールに興じたり、観光客のサインの求めに応じたり。
 映画の公開以降、訪れる人を楽しませるため、そして世界中からの親善試合やイベントの申し込みに応じるため、ゴースト・プレイヤーが結成された。アイオワや、隣接するウィスコンシン、ミズーリから、現役の盛りを過ぎた野球選手やリトルリーグのコーチたちが集まっている。

 投手でドジャースのマイナーリーグでプレーしたこともあるハンク・ルーカスさんは、招かれて日本にも3回行ったという。「王(貞治)さんをセカンドゴロに仕留めたのがいい思い出ですね」と話してくれた。

 フランク・ダーディスさんは、映画にも選手の役で出演した。撮影中、フライの飛球をキャッチして、喜びのあまりトウモロコシを5本なぎ倒してしまったのが記憶に残っているという。「映画のセットだったんだと気づいた時には遅くて、ほとぼりが冷めるまでしばらく隠れていました」
 撮影中の2週間は、ユニフォームを洗うことは禁じられたそうだ。同じスポットに泥がついていないといけないから。暑くてちょっとくさい撮影現場だったけれど、プレミア上映にはタキシードを着て参加した。「できあがった映画を初めて見た時には、驚いて感動しましたよ」

 ヒット作とはいえ、たかが映画、だ。公開から何年も経つのに、今も大勢の人がやって来るのは、なぜなのだろう? そう聞くと、フランクさんは「100人に聞くと95通りの答えが返ってくる。ここはそんな場所なんですよ」と言った。

 映画は、父親と息子の関係を通して価値観の違いや世代の断絶を描き、リコンシリエーション(和解)とセカンドチャンスをテーマにしている。
 フランクさんはこんなエピソードを教えてくれた。ある時、ティーンエイジャーの少年が、父親に連れられてここに来た。父親に教わりながら、初めてキャッチボールをする少年。終わった後、父親はフランクさんのところに歩み寄った。「This is the only place where we can have natural communication」。そう言うと、父親はその場で泣き崩れた——。
 その父子に何があったかは分からない。でも、「親子が抱えるいろいろな問題を、この場所で解決したいと願ってやって来るんです。ハリウッド映画の魔法のようにね」とフランクさんは話した。

 ゴースト・プレイヤーのマーブ・マイヤーズさんも、エピソードを教えてくれた。観光客を楽しませようとコメディーがかったプレーを見せていたマーブさん。終わると、父親と一緒に来ていた男性がマーブさんに近寄り、100ドル札を手渡した。男性は母親を亡くしていた。「母が死んでから一度も笑顔を見せなかった父が、今日初めて笑ったんです。そのお礼に」。泣きながら感謝された。マーブさんがお金は受け取れないと言うと、この場所の保存のために使ってほしいと寄付していったそうだ。

 シカゴから、亡くなった父親のひつぎを運んできてグラウンドのマウンドに置いて弔った男性もいたという。「父がずっと来たがっていたのに機会がなかったので」と聞いた。

 「フィールド・オブ・ドリームスは、私たちゴースト・プレイヤーのものではない。単なる映画のロケ地を超えた存在なんだなと思いました。ウェディングもあるけれど、お葬式もある。そういう場所なんですよ」とマーブさんは言った。

 こういう話をそのまま文字にすると、すこし大げさに、あるいは陳腐に聞こえるかもしれない。でもアメリカに暮らしていると、さまざまな形の家族があることはよく分かる。それだけにいろいろな問題もある。だから、そんな機微もとてもよく分かる気がして、私の心にはスムーズにしみ込んだ。

 映画には何度か、夕闇のグラウンドが登場する。どこまでも続くトウモロコシ畑の向こうに落ちる夕日は、美しいピンク色をしている。
 「Is this heaven?」「No. It’s Iowa」——。そんな会話が、レイとジョー、そしてレイと父親の間で交わされる。

 私がフィールド・オブ・ドリームスを出たのは、午後4時過ぎだったと思う。車窓から見たその日の夕空は、映画そのままにピンク色に染まった。
 


 

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