シリーズ世界へ! YOLO⑬
行っちゃいました! 夢の南極 (Antarctica)
〜後編

文&写真/佐藤美玲(Text and photos by Mirei Sato)

 

南極の「Destiny’s Child」=7日目 Photo © Mirei Sato

南極の「Destiny’s Child」=7日目
Photo © Mirei Sato

Day 9  ︱  14 December 2012

 朝5時。ポーラー・パイオニア号は最後の錨をおろした。キング・ジョージ・アイランド(King George Island)の沖合。ここで上陸の合図を待つ。

 9時、最後のゾディアック乗船だ。島の海岸には、チリとロシアの南極観測基地があった。ユーリ船長と船員たち、オーロラの何人かのスタッフは、またここから新しい客を乗せて、南極へ戻っていく。それぞれに別れを告げた。

 島の奥に空港がある。海岸から40分余、重いリュックを背負って、雪道をひたすら進む。最後の体力勝負になった。
 空港で、チリのプンタ・アレナスから飛んで来る便を待つ。天候が不安定で、予定より数時間遅れて到着した。燃料を補給してようやく離陸した時には、皆からどっと拍手がわいた。ホッとすると同時に、寂しさと達成感が一気に襲ってきた。

 ポーラー・パイオニア号の9日間の航海距離は、延べ1123・3海里(約2080キロ)だった。

旅を終えて

 地球は青かった——。宇宙飛行士みたいだけれど、そう思った。地球は水の惑星なんだ、と実感した。雪であれ氷であれ、私たちは水のおかげで生を受け、水の恩恵を受け、その脅威にさらされて生きている、とも。

 夢のような時間だった。簡単に行かれる場所、誰とでも共有できる思い出ではないから、旅人としてちょっと特別な秘密を抱えてしまった気さえする。ふだんは胸の中にしまってあるけれど、目を閉じて小さな扉を開ければ、あの真っ白で真っ青な世界へすぐに飛んでゆける。

 普通の人が南極へ行かれる時代になった、という事実にも感激した。同時に、偽善を承知で言えば、私のような旅行者がこの先どんどん増えることがいいのかと聞かれれば、答えに迷う。
 1992年に7千人弱だった南極の観光客数は、2007年に3万人を超した。今後、200人乗りの大型船が毎日乗りつけるようになれば、南極の環境は大きく変わってしまうだろう。

 私たちは上陸前の靴底洗浄や野生動物観察のマナーには、細心の注意を払ったつもりだ。それでも岩にむしたコケを誤って踏んでしまったり、髪の毛が落ちてしまったり、ということがあった。
 人間が雪の上に残す足跡は大きい。ペンギンは深い穴にはまると抜けられずに死んでしまうことがあると聞いたから、私たちは上陸するたび、足跡をできるかぎり埋め戻しながら下山した。それでも全部は無理だったと思う。

 オーロラのスタッフたちは、ツーリズムが広い意味で南極の環境保護につながると信じている。ドン隊長は「ここに来た人は皆、実体験として環境の大切さを理解する。南極で採鉱しようとか油田を掘ろうとか、利権重視の動きがあれば必ず反対するだろう」と言っていた。
 今でこそ南極条約(1959年締結)のもとで禁止されているが、それ以前は南極で核実験や廃棄物処理をしようと考える国もあったことを忘れてはいけない。

 地球温暖化は、観光客よりもはるかに速く壮大なスケールで南極を変えている。南極大陸の中で「人間の文明」に最も近い西側と半島部分では、年々気温が上がり、巨大な棚氷(ice shelf)が融けて消え始めている。
 氷が消えれば動物はエサを失う。ペンギンは出産の場をなくす。雨が増えて巣が流され、ヒナが溺死して、ペンギンが一斉にコロニーを放棄することも起きている。特にアデリーの生息数は危機的で、キング・ジョージ・アイランドではこの30年で3分の2以下に減ってしまったそうだ。

 ペンギンやアザラシ、クジラが主食とするアンタークティック・クリル(南極オキアミ)も激減している。理由は、人間が釣りエサや食用に消費するため大量に捕獲しているから。そのトップは日本だ。

 南極に行ってから、環境問題のニュースに特に注意を払うようになった。電気をこまめに消す、ゴミを減らす、水を無駄にしない。どれも小さすぎるほど小さなことだけれど、簡単にできることでもある。
 それを続けていくことが、秘密をもった人間の小さな責任、そして、ヒューマニティーも大自然の一部なんだと教えてくれた南極へのせめてもの恩返しだと思っている。

クーバービル・アイランド=5日目 Photo © Mirei Sato

クーバービル・アイランド=5日目
Photo © Mirei Sato

 

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