岸に上がって服を乾かし、サンドイッチを食べて、脱力。連れ立って、岩陰を探してトイレを済ませた。子供の頃の遠足や合宿のようで、自然とみんなボンディングする。
ランチを終えて再びボートに。残りの25マイルは、のんびりと浮かんだまま、スムーズな川くだりだ。カヌーやゴムボートで旅している人たちを追い越した。コロラド・リバーを上流から下流まで、何日もかけてくだっていくそうだ。川の水は冷たいのに、ノルウェーから来たという親子は飛び込んで泳ぎ回っていた。北欧の気候に比べたら、温水プールなのだろう。
両サイドに、グランドキャニオンの壁が回廊のように続く。風が吹くとフルートのような音色を奏でる岩、夜中に祖先がダンスをしに降りてくる岩──。フアラパイに伝わる伝説を、クリントが語ってくれる。
昔々、幼い兄弟が川に降りてきてはヘビを殺して遊んでいた。ある日、弟がヘビにかまれて溺れてしまう。「弟を助けて」と祈る兄に、神は「ヘビを殺しすぎた報いだ。後悔したなら、7日間食べ物をもって川へ降りてくるように」と告げた。その通りにした兄。7日目に川岸に箱が置いてあった。弟だ! そう思って箱を開けると、中にいたのはヘビだった。──そんな言い伝えが残る河原もある。
「今朝、ぼくたちが川にタバコを投げたのを見て変だと思ったでしょう?」とクリント。私は見ていなかったが、何人かのライターは「吸い殻を川にポイ捨てするなんて環境破壊…」と思っていたようだ。「あれは捧げものなんですよ」とクリントは説明した。
フアラパイの人たちは、川は生きていると考える。川にも人間の体と同じように脊髄があると信じている。だから長老の中には、1日の安全を祈って、地元でとれたタバコをパックのまま投げ込む人もいる。クリントたちも、果物やサンドイッチの残りを投げることがあるそうだ。
ボートは途中、フアラパイが聖地と見なす「オリジナルランド」のそばを通る。半人半馬が歩き回っているという伝説もあり、メディスンマンの許可なく入ることは禁じられている。
アメリカで国立公園と呼んで大切にされている場所のほとんどは、先住民が暮らしていた土地を連邦政府が奪ったものだ。国立公園の雄ともいえるグランドキャニオンで、先祖代々の土地を守ってこれたのはなぜか?
「チーフが賢かったんです」とクリントは言った。フアラパイの長老は、「検地」と称してやってくる白人たちにだまされず、グランドキャニオンの外輪しか見せなかった。「内側にある本当に美しい場所へは、決して案内しなかったんですよ」
部族の伝統や文化を守り伝えていくのは、なかなか大変だ。クリントたちも、お年寄りが話すフアラパイの言葉は理解できても、若者同士では使わない。それでも「ぼくたちはアメリカンじゃなく、ネイティブ・アメリカン。自然をできるかぎりオリジナルのまま残していきたい」と話してくれた。
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