第19回 もし日本的人事・労務慣習をアメリカで実践したら…②

文/中山亜朱香(Text by Asuka Nakayama)

 日本では2013年から施行された改正高年齢者雇用安定法によって、「定年の引き上げ」「再雇用など継続雇用制度の導入」等を推奨していることから、65歳への定年延長などが話題となっていますが、当分の間この「定年制度」は存続していくと思われます。
 さて、このような日本を始めアジアやヨーロッパの一部では馴染みのある定年という制度はアメリカ、イギリス、カナダ等の国々には存在しません。そこで今回はアメリカで定年制度を実施したらどうなるか? ということを検証してみます。

アメリカにおける定年制度実施の可否

 最初に結論から言えば、これは絶対的にNOです。「At will(任意雇用契約)だから良いのでは?」と思われるかもしれませんが、仕事がなくなる、あるいは雇用形態を変更する理由が、当該従業員の年齢ということであれば、これは明白な雇用差別となります。わかりやすく言えば、同じ60歳でもまだまだ元気にミスもなく働ける従業員もいれば、老化によりミスが増え仕事の遂行能力が劣るという人もいます。そう考えると基準とすべきはあくまでも職務遂行能力(Performance)であって、生年月日ではないということなのです。

雇用主としての対応

 いくら親会社のある日本で一般的な雇用慣習であるとは言え、定年制度をアメリカで実施するのは不可能です。ただし、上述の通り、Performanceを理由に段階的懲戒を経て解雇することは可能です。あくまでも継続的に公平なPerformance Review(人事考課)の実施は不可欠ですから、日頃から人事・労務管理をしっかりと行っておく必要があります。また、年齢に関わらず会社が求めるPerformanceを発揮できるか否かが雇用の大前提であることを従業員へも徹底しておきましょう。

考えられる例外

 日本からの駐在員であることが明確であり、日本の親会社の就業規則に基づきアメリカで勤務している従業員はこの定年に該当する可能性が高いです。なぜ「100%と言わずに可能性が高い」と表現しているかと言えば、これは親会社の就業規則、駐在員規定、現地法人の就業規則(Employee Handbook)などの記述や駐在員の滞在資格、過去の慣習によっては雇用主側のリスクを100%否定できないからです。もし現在北米も含む海外法人に駐在する従業員が定年を迎える場合は、念のため雇用法に精通した日米の弁護士に相談することをお勧めします。
 人事を取りまく状況が変わってきたとは言え、入社年次、経験年数、年齢といった時間軸が評価対象となることが日本ではまだ多いように見受けられます。対してアメリカでは、職務を評価する基準は職務遂行能力が中心です。このことを知らずに日本的な方法を用いると、訴訟という最悪の結果になる以前に、優秀な人材が退職し、そうでない人材が長く勤務するという、企業にはありがたくない結果を招くことになってしまいます

この記事が気に入りましたか?

US FrontLineは毎日アメリカの最新情報を日本語でお届けします

中山亜朱香 (Asuka Nakayama)

中山亜朱香 (Asuka Nakayama)

ライタープロフィール

クレオコンサルティングディレクター兼人事コンサルタント。PHR (Professional in Human
Resources)資格保持者。日本の大学卒業後アメリカへ留学、一旦帰国し米系大手IT企業での勤務を経て2005年から現職。中西部・南部にある日系製造業への人事・労務管理アドバイス、人事採用、トレーニングなどに携わる。

この著者の最新の記事

関連記事

アメリカの移民法・ビザ
アメリカから日本への帰国
アメリカのビジネス
アメリカの人材採用

注目の記事

  1. アメリカ在住者で子どもがいる方なら「イマージョンプログラム」という言葉を聞いたことがあるか...
  2. 2024年2月9日

    劣化する命、育つ命
    フローレンス 誰もが年を取る。アンチエイジングに積極的に取り組まれている方はそれなりの成果が...
  3. 長さ8キロ、幅1キロの面積を持つミグアシャ国立公園は、脊椎動物の化石が埋まった岩層を保護するために...
  4. 本稿は、特に日系企業で1年を通して米国に滞在する駐在員が連邦税務申告書「Form 1040...
  5. 私たちは習慣や文化の違いから思わぬトラブルに巻き込まれることがあり、当事務所も多種多様なお...
  6. カナダの大西洋側、ニューファンドランド島の北端に位置するランス·オー·メドー国定史跡は、ヴァイキン...
  7. 2023年12月8日

    アドベンチャー
    山の中の野花 今、私たちは歴史上経験したことのないチャレンジに遭遇している。一つは地球温暖化...
  8. 2023年12月6日

    再度、留学のススメ
    名古屋駅でホストファミリーと涙の別れ(写真提供:名古屋市) 以前に、たとえ短期であっても海外...
ページ上部へ戻る