バリ島紀行 第1回 イメージ・オブ・バリ

文&写真/水島伸敏(Text and photos by Nobutoshi Mizushima)

クタのビーチ Photo © Nobutoshi Mizushima

クタのビーチ
Photo © Nobutoshi Mizushima

 寒さがいっそう増していた2月の東京を離れ、ジャカルタ経由でバリに行く。飛行機の中で読みはじめた本の内容が気になっていた。インドネシアの小島に住む不思議な力を持った踊り子の少女の物語だ。
 夜中にジャカルタの空港に着いた。南半球の暖かく湿った空気が身体を包んだ。ここで朝まで時間を潰さなければならなかった。エアコンのきいていないジャカルタの空港は夜中だというのに、じっとしているだけで汗が出てきた。朝の便を待つ人たちがベンチで横になっている。
 本の続きを読んだ。物事が起こる前には必ず前触れがあるという。例えば、ふるさとに帰ろうとしている人の場合、その人自身の帰郷より魂のほうが、先にその場にたどり着く。少女はその魂の動きを感じとることができる。昔はそのような予知の力を持った人がこの南国の島々ではめずらしくなかったという。
 明け方になると少しずつひとが増えはじめた。さすがにイスラム教徒が人口の約90%を占めるインドネシアの空港には広い祈祷室があり、まだ暗いうちから大勢のイスラム教徒たちが出たり入ったりしている。
 実は、この国では無信仰は違法にあたる。イスラム教ではなくて、キリスト教、ヒンドゥー教や仏教、儒教の中から住民登録や国勢調査の際に選ばなくてはならない。無神論者をフェィスブックで公言しただけで男性が逮捕されるようなこともある。そして、さらに今から行くバリ島はそんなインドネシアの中で、逆に90%の人がヒンドゥー教徒という特別な島なのだ。
 飛行機は1時間ほどで朝のバリ島に着いた。雨季にもかかわらず、バリの朝空は快晴だった。空港から直接ビーチに向かった。20分ほどでビーチに着いた。バリ島は東京都の2.5倍ほどの大きさなので、数時間も走れば、だいたいの主要な場所には行けそうだ。
 バリ南部の海岸は、世界有数のリゾート地だ。海岸沿いにはホテルやブランド店、ファストフードやレストランが立ち並び、タクシーやチャーターカー、スクーターがひっきりなしに行き交っている。こうなるとここがどこだか正直わからなくなる。
 繁華街をぬけてビーチに行った。道路とビーチを隔てるヒンドゥー作りの石壁と砂浜に置かれた花の供え物がやっとバリのビーチに来たことを感じさせてくれた。
 バリ島はサーフィン天国である。日本をはじめ、世界中からサーフィン好きが集まる。最もポピュラーなクタビーチでは、サーフィンに初めて挑戦する旅行者たちがレッスンを受けていた。少しちゃらそうなバリニーズの若者たちが意外に親切に教えているのを見ているとなんだか可笑しくなってくる。でも、もしかしたら、島の人の穏やかな人柄を伺わせているのかもしれないとも思えてきた。
 午後になり、人が増えはじめたクタのビーチを離れて、コーヒーを飲みに行った。インドネシアはジャワ、スマトラ、そしてバリとコーヒーの産地だ。コーヒー園では、バリコーヒーやココナッツコーヒーなど12種類の試飲ができる。島の北部にあるバトゥール火山の麓に広がる土地で育てられたアラビカ種をメインに使い、スローローストして作られたバリコーヒーを、緑に囲まれた静かな園内のカフェでゆっくりと飲んだ。漉しが雑で、少し飲みづらかったが、味は程よく酸味のある軽い感じで美味しかった。バリにはもう一つ有名なコピ・ルアク(ルワック・コーヒー)がある。ルワックというジャコウネコが選んで食べた豆を糞の中から集め、洗浄したあと、スローローストして作られるというとてもユニークで稀少なコーヒーである。独特の香りをもつこのコピ・ルアクは世界で最も高価なコーヒーの一つで、世界中に愛好家がいるらしいが、今回は遠慮しておいた。
 すっかり試飲を楽しんだあと、断崖の上に建つヒンドゥー寺院、ウルワツ寺院を訪れた。どこまでも真っ青に広がる海を眼下に見渡しながら、絶壁の上にある参道を歩いた。午後の日射しが、いっそう強くなって照りつけてくる。時折、海から吹き上げてくる風を楽しみながら寺院をまわった。
 日が傾きかけた頃、寺院の中庭でバリ独特の踊りであるケチャダンスが始まった。「チャッ、チャッ、チャッ」と叫び、たくさんの男性が舞台に入ってきた。3重の円を作り、手を空に掲げる。円の内側では別の踊り手たちによる古代インドの叙事詩ラーマヤナの物語が始まる。ケチャの踊り手は、その時の情景や天候を演出するかのように叫んだり、波打つように動いたりする。
 夕日が水平線にしずみ、辺りがすこし薄暗くなった。ヤシの樹皮でできた松明がダンサーを照らし、ダンスはクライマックスを迎えた。50人ほどの踊り手が一斉に同じ動きをする様は、まるで何か大きな生き物のように見えた。

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水島伸敏 (Nobutoshi Mizushima)

水島伸敏 (Nobutoshi Mizushima)

ライタープロフィール

アメリカ先住民の取材をライフワークにするため、プエブロ族やナバホ族などが多く住み、ホピ族の居留地にも近いニューメキシコに数年前、ニューヨークから移住。現在はアラスカ最北の先住民やニューメキシコとフォーコーナーズを中心としたアメリカの原子力関連の写真プロジェクトも進行中。

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