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裏ななつ星紀行~紀州編 第五話
文/片山恭一(Text by Kyoichi Katayama)
写真/小平尚典(Photos by Naonori Kohira)
- 2015年10月30日
- 2015年11月5日号掲載
小説家・片山恭一と写真家・小平尚典が、“真の贅沢ってなんだろう?”と格安ローカル列車の旅にでた。
先の芭蕉の句ではないけれど、ぼくたちが訪れたときも、外宮では新旧両方の本殿にお参りすることができた。ラッキーである。右側に建つ古い本殿は、二十年の風雪に耐えてきただけあって、さすがに傷んでいる。この土地の気候条件、使われている木の材質、築造方法などから総合的に判断すると、「二十年」という式年は、なかなか絶妙なものに思える。この本殿は、お願いをするところではなく、本来は「名乗り」の場所であるらしい。わたくし、葛飾柴又からやってまいりました、車寅次郎、人呼んでフーテンの寅という者です、今日、こうしてお参りできることを幸せに思います……みたいなことを胸のうちで唱えるのである。これも知っておくと、ちょっと優越した気分で参詣できる。
「ほらほら、みんなお願いしてますよ」
「やっぱり、場所をわきまえないといけないね」
本殿に参拝したあとは、少し離れたところにある別宮、多賀宮へ向かう。ここには豊受大神の荒御魂が祀ってある。「荒御魂」というくらいだから、よっぽど強い力が宿っているのだろう。お願いは、こちらでする。本殿はあくまでも名乗る場所、神様に自分の素性を伝え、お参りに来られたことを感謝する。いわゆる願掛けは、荒御魂を祀った別宮のほうでおこなう。この点を、間違えないようにしよう。
外宮から内宮への移動にはタクシーを使う。四、五キロはあるから歩くには遠いし、鉄道も意外と不便である。時間のロスなどを考えると、タクシーを使うのが正解だろう。内宮はさすがに人が多い。参詣者というよりは観光客、ほとんどテーマパークと化している。これでいいのだ。少なくとも国家神道などというわけのわからないものよりは、こっちのほうがよほど好ましい。でもとりあえず本日、善男シニアに徹しているわれわれは、ここでも正しい参拝の仕方を心がける。
まず瀧祭神という小さな社の神様をお参りする。なぜか鳥居がない。白い玉砂利の上に小さな社だけが建っている。ここは参詣者の業を落とす場所なのだそうだ。業を落とし、虚心に神様と向き合うための準備をする。なるほど。ちゃんと手順があるのだ。瀧祭神にお参りしたら、つぎに風日祈宮へ向かう。ここは名前からも想像がつくように、風と太陽を祀った神様。台風や日照りなどの自然災害から守ってもらっていることに感謝をする場所。
ところで、こうした小さな社にお参りしていると、社が白い玉砂利の上に建っていることに気づく。本殿の社も同じ構造になっているが、中まで入れないのでわかりにくい。これら大量の石は、地元の人たちが近くを流れる五十鈴川から集めてくるのだそうだ。大変な労力である。多くの人々に支えられて、伊勢神宮は維持されている。白は神様の色である。『古事記』や『日本書紀』にも、白い猪、鹿、犬、鳥などが登場する。白い動物たちは、瑞兆として天皇に献上されることもあった。白には特別な霊力があると信じられていたのだろう。
さて、いよいよ天照大神を祀った正宮へ向かう。一段と人の数が多い。本殿からは人が溢れ、石段にこぼれ落ちている。お賽銭を入れてお参りするのも大変だ。
「あら、お願いしちゃった」
「だめですよ、ここは名乗る場所なんだから」
「すいません、間違えました」
天照大神に謝っている。でも間違えたときは、相手が神様であろうと素直に謝るのが正しい。小平さんの健気な姿を見て、ぼくは考えた。そもそも神社とは、お願いをする場所なのだろうか。そんな料簡でいいのだろうか。お願いをする前に、まず感謝をすべきではないか。自分が、いま、ここに立っていることに感謝する。さらに神様の前で自分というものを謙虚に見つめ、確認する。そして気持ちを新たにし、未来へ向けて方向性を定める。別宮の荒御魂にお参りするときも、いくらか恐ろしげな神威を前にして、「がんばりまっせ!」という気分で手を合わせたいものだ。そうやって自分を強く保とうとする場所ではないだろうか。
すっかり正しい人間になった気分で内宮をあとにした。さすがはお伊勢さんだ。今回ご紹介した参詣の仕方は、あくまで「ご参考に」という程度のもので、「これが絶対に正しい!」と言うつもりはない。本来の参詣の仕方からすると、かなり省略されてもいるだろう。それでも一つ一つの行為に意味があり、全体の手順にはストーリーがある。それらを多少なりとも心得ておいたほうが、お参りに気持ちがこもるし、自分が新しくリセットされる気がする。せっかく参詣するのだから、実践されてみてはいかがだろう。
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