NHLニューヨーク・レンジャーズ
開幕試合でアメリカ国歌を演奏
ギタリストのトシ・ヤナギ

文/福田恵子(Text by Keiko Fukuda)

Jared Silber/MSG Photos

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 2015年10月18日、ニューヨークのマジソンスクエアガーデンで、プロアイスホッケーチーム、ニューヨーク・レンジャーズのシーズン初の試合が開催された。試合前の恒例のアメリカ国歌斉唱に、数多いる候補者の中からギタープレイヤーに指名されたのがトシ・ヤナギさん。 全米ネットワークABCの深夜トーク番組「ジミー・キメル・ライブ」のハウスバンドのギタリストだ。彼は同番組のシンガーに声をかけ、二人でその大役を果たした。
 マジソンスクエアガーデンといえば、スポーツ会場としてだけでなくロックコンサートの聖地でもある。トシさんはアメリカのロックバンドでギターを演奏することを夢見て、30年前にギター1本で日本から渡米してきた。その聖地でのアメリカ国歌演奏は1分30秒という短いものではあったが、彼にとっては大きな意味を持つ時間だった。

イエスと答えてから必死で練習する

 1985年4月、神奈川県の高校を卒業したばかりのトシさんはサンフランシスコの空港に降り立った。
 オペラ歌手の父とピアノ教師の母のもとに生まれ育った彼は並行してエレキギターに親しみ、TOTOのギタリスト、スティーヴ・ルカサーに憧れるようになった。アメリカで夢を追いかけたいと打ち明けたトシさんに、母親はサンフランシスコ行きの飛行機の片道切符を渡してくれた。
 サンフランシスコからハリウッドに移り、音楽の専門学校を卒業。その後、スタジオミュージシャンによって結成されたバンド、セシリア・ノエルズ・アンド・ザ・ワイルドクラムスにギタリストとして加入。ハリウッドの老舗ライブハウス、ベイクドポテトにも出演を果たす。
 当時は自分の出演がなくても、ほぼ毎日同店に通い詰めたという。そこで遂に憧れのルカサーとも出会い、渡米から11年後の1996年には大物アーティストのライブツアーへの声がかかるようになった。シェリル・クロウやブライアン・アダムスのオープニングアクトを務めたのもこの頃だ。
 そのツアーからロサンゼルスに戻ると、ビッグニュースが届いていた。音楽プロデューサー、クインシー・ジョーンズの新番組「ヴァイブ」でギターを弾いてほしいというオファーだった。
 晴れて同番組の専属ギタリストとなったトシさんだが、このショーでは心臓が止まるような経験もしたと振り返る。
 「ゲストにジェームス・ブラウンが出演した時のこと。周囲も皆、『ミスター・ブラウン』と呼ぶほど緊張した空気が流れた。そして彼の名曲『セックス・マシーン』をリハーサルで演奏し始めた時、急にミスター・ブラウンが歌い出さずに『おい、そこのギタープレイヤー』と僕を指差したんだ。ドキっとした。何やってしまったんだろうと固まったら、『グルーブ感が違う』と言われた。譜面通りに弾くだけじゃだめなんだ、と体得したのはあの時のミスター・ブラウンの一言がきっかけだった」

助けてくれたのはミュージシャン仲間

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 19歳で渡米した時、「30歳になったらギターで生活ができていて、結婚もして、家の1軒も買えていたらいいな」と空想していたと言う。実際に「ヴァイブ」出演の頃は既に結婚もしており、レギュラー出演という基盤を得て一軒家を購入した。
 しかし、これからローンの支払いが始まるという時に、何と、「ヴァイブ」は突然の最終回を迎えてしまう。頭の中が真っ白になったが、そんな時に助けてくれたのはミュージシャン仲間だった。
 「ツアーの話はいつも友達のミュージシャンから『こんな話があるけど興味ある?』と言われて始まる。そして、僕はやったことのない音楽のジャンルでも、いつだって『イエス』と返事をしてから夜中に必死で練習するんだ」
 今年で13年目になる「ジミー・キメル・ライブ」への出演も友人からの誘いだった。番組が始まってしばらく経った頃に、矢沢永吉の日本ツアーに参加してほしいとのオファーを受けた。日本に行ってしまえば数カ月、番組を休まなければならない。それでもハウスバンドの仲間に「いいチャンスになるなら行ってこいよ。留守は自分たちが守るから」と背中を押された。
 「普通だったら、そんなことは許されないし、戻って来て自分のポジションが約束されているはずもない。しかも、バンドだけじゃなく番組側も理解を示してくれた」。その信頼に応えるために、日本から戻ると以前よりも「ジミー・キメル・ライブ」の仕事に感謝して演奏に取り組むようになったそうだ。矢沢永吉のバンドではバンドマスターまで務め、ツアー参加は10年に及んだ。
 2014年からは、アメリカの音楽業界での経験を日本のギターファンに伝える活動を開始した。
 「ギターのワークショップを開催したんだ。できるだけ少人数で目が届くようにしたかったので定員は30人。高校生が仙台から夜行バスに乗って参加してくれたり、僕より上の世代のギター好きな人が熱心に質問してくれたりと非常にいい機会になった。彼らとはその後もメールで交流が続いている」
 今後の夢を聞いた。
 「いつまでもギタリストとしてエッジーでいたい。本音を言えばギターさえ弾けていれば世界中どこにいても満足。むしろギター片手に世界中を常に飛び回っていたい。日本では映画やテレビ番組のために曲を作りたい」

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トシ・ヤナギ
4歳でピアノ、5歳でヴァイオリンを始め、11歳で東京ジュニアフィルハーモニック入団。1985年に渡米後、数多くのライブ、ツアー出演を経て、音楽番組「ヴァイブ」にレギュラー出演。また、全米ネットワークABCのドラマ「BACK IN THE GAME」 のテーマ曲、挿入歌の作曲を手掛けるほか、「ジミー・キメル・ライブ」の専属ギタリストとして出演中。12月には東京でジャムセッションとワークショップを開催。
■詳細:www.toshiyanagimusic.net
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福田恵子 (Keiko Fukuda)

福田恵子 (Keiko Fukuda)

ライタープロフィール

東京の情報出版社勤務を経て1992年渡米。同年より在米日本語雑誌の編集職を2003年まで務める。独立してフリーライターとなってからは、人物インタビュー、アメリカ事情を中心に日米の雑誌に寄稿。執筆業の他にもコーディネーション、翻訳、ローカライゼーション、市場調査、在米日系企業の広報のアウトソーシングなどを手掛けながら母親業にも奮闘中。モットーは入社式で女性取締役のスピーチにあった「ビジネスにマイペースは許されない」。慌ただしく東奔西走する日々を続け、気づけば業界経験30年。

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