経営を改善させる技術「ITと管理会計」
第4回 その分析、本当に“分析”になってる?
- 2025年4月8日
【背景】アメリカに拠点を置く日系食品メーカー「バッファローフーズUSA」で奮闘する熱血COO・タジマ君。本社からのプレッシャーや現場とのギャップに悩みながらも、居酒屋「Fuji」で出会ったミゾグチ先生(管理会計とITのプロフェッショナル)と共に、データと会計の力で経営改善に挑んでいる。そして、現在本社からは売上総利益率を20%以上に、営業利益率も現状より改善するよう強く求められているのだった。そして、今夜も居酒屋「Fuji」での対話が始まった。
今回のテーマは「分析」。

タジマ君:「先生、やっとデータが揃いましたよ!売上、在庫、原価、得意先別の情報も全部Excelにまとめました。あとはこれを『分析』すればいいんですよね!」
ミゾグチ先生:「おお、行動が早いね、タジマ君。でも一つ聞かせて。そもそも“分析”って何だと思う?」
タジマ君:「え?…数字を細かく見て、何が良くて何が悪いか探すこと、ですかね?」
ミゾグチ先生:「うん、それも一つの見方だけど、少し補足させて。辞書には『複雑な事柄を細かな要素に分けて、その性質や構造を明らかにすること』とされてる。つまり、“分析”は数字を細かく見ることが目的じゃなくて、原因や構造を解き明かすための“手段”なんだよ。」
タジマ君:「なるほど…。でも先生、僕、数字を見るのが楽しくなっちゃってて、何かを発見しようとしてるというより、見てるだけで満足しちゃってるかもしれません。」
ミゾグチ先生:「それはよくあるパターンだね。分析のための分析になってしまうと、手段と目的が入れ替わってしまう。大事なのは“意思決定”に繋げること。だから今回は、分析の種類をいくつか使ってみようか。そうだね、まずは、シナリオ分析からだね。」
タジマ君:「シナリオ分析?なんかカッコいい響きですね。」
ミゾグチ先生:「例えば、バッファローフーズUSAの現状を思い出してみよう。売上の9割を占める日系卸の大手であるジャパンデリシャスフード社(略称 JDF社)への販売は、彼らの全米20拠点を通して行ってるよね?でも、その利幅が他の卸に比べて6%も低く、売上総利益率はわずか18%。しかも、本社からは利益率改善の指示が出ている。」
【昨年度実績】(単位:USD)
・売上高:10,000,000
・原価:8,140,000
・売上総利益:1,860,000(売上総利益率18.6%)
・販管費:1,560,000(固定費)
・営業利益:300,000(営業利益率3.0%)
タジマ君:「そうなんです…売上10Mドルあっても営業利益は3%しか出てなくて、本社からも『もっと稼げる構造にしろ』って言われてます。」
ミゾグチ先生:「そういうときに有効なのが“シナリオ分析”なんだ。これは、不確実性を踏まえて将来の状況をいくつかのシナリオに分けて、それぞれにおいて売上や利益がどう変化するかをシミュレーションする手法だよ。」
タジマ君:「なるほど…例えば、JDFとの関係を維持したまま値上げ交渉をした場合とか、他エリアに販路を広げた場合とかですか?」
ミゾグチ先生:「そう。それを“ベースケース”“アップサイド(楽観)”“ダウンサイド(悲観)”の3つくらいに分けて考える。たとえば、JDFの注文が10%減った場合、他社への販売でどれだけカバーできるか。あるいは、JDFの販売条件を維持したまま販管費を5%削減できた場合、利益はどうなるか。こうやって、数字の動きを事前に想定しておくと、リスク対応もしやすくなるんだ。」
タジマ君:「でも、先生、注文が10%減ったら利益も10%減るんじゃないですか?」
ミゾグチ先生:「タジマ君、固定費の存在を忘れてはいけないよ。売上が10%減ったとしても、利益も10%減ると限らないよ。」
タジマ君:「あ、そうでした!でも、確かに…今までそんなふうに考えたことなかったです。でも、面白いですね。ちょっとゲーム感覚というか。」
ミゾグチ先生:「そう、経営はある意味“意思決定ゲーム”だからね。だからこそ、シナリオ分析で可視化することが重要なんだ。」
タジマ君:「(JDFとの交渉はしたくないなぁ・・・)そうだ!最近コピー用紙をもっと安いブランドに変えて、あと使ってないサブスクリプションも全部切ったんですよ。これでだいぶコストが削減できているはずなんですが・・・」
ミゾグチ先生:「うーん、タジマ君、それは販管費の削減だね。それでも、営業利益は改善するけど、本社が求めているのは“売上総利益率を20%以上にして、営業利益率を改善しろ”って話だったよね?」
タジマ君:「そうなんですけど…削れるところから削っていこうと思って…。」
ミゾグチ先生:「気持ちは分かる。でも、コピー用紙で削減できる額って年間どれくらいかな?」
タジマ君:「たぶん…数百ドルくらい…ですかね…?」
ミゾグチ先生:「一方で、アメリカでの独占販売権を与えているジャパンデリシャスフード社(略称 JDF社)向けの売上っていくらだったっけ?」
タジマ君:「うちの昨年の年商は1,000万ドルで、そのうち丁度90%がJDFさんへの売り上げなのでジャスト900万ドルです!」
ミゾグチ先生:「(キリのいい数字だなぁ・・・)了解。で、前期の粗利率が18.0%だったよね?粗利は162万ドル。売上が前期と同じだったとしても、もし値上げ出来て、その粗利率が18.5%に上がると—」
【粗利率改善による粗利シミュレーション】
粗利率 18.5% → 粗利 $1.67M(+$45,000)
粗利率 19.0% → 粗利 $1.71M(+$90,000)
粗利率 19.5% → 粗利 $1.76M(+$135,000)
ミゾグチ先生:「つまり、たった0.5%の粗利改善でコピー用紙100年分のインパクトがあるんだよ。」
タジマ君:「ええっ、たしかに……全然違うじゃないですか。」
ミゾグチ先生:「だから“分析”が大切なんだ。何が最も利益に影響するのか、ちゃんと見極めてから手を打たないと、努力が空回りしてしまう。ちなみに、それぞれの改善策がどの程度の効果をもたらすかを分析する手法をインパクト分析と言うよ。」
タジマ君:「なるほど、インパクト分析かあ!確かに、JDFとの交渉で、例えば粗利率を少しでも上げられたら、大きな改善になるんですね。」
ミゾグチ先生:「その通り。粗利率20%以上という本社の目標を達成するには、最も効果的なポイントに集中することが大事。粗利の改善が一番のテコになる。じゃあ次は、それぞれのシナリオで営業利益率がどう変わるか、一緒に見てみようか。
たとえば、今回JDFとの値上げ交渉がうまくいったとしても、その影響で発注量が減ることも考えられるよね。何事も自分たちの都合だけで楽観的に考えてはいけないんだ。そこも含めてシナリオを想定する必要があるんだよ。
ちなみに、JDF以外の卸への販売も全体売上の10%を占めていて、こちらは粗利率が24%と高いんだ。つまり、JDFへの依存度が高い現状を見直して、他の卸への販売を拡大することも、全体の粗利率を引き上げる手段の一つだよね。まず今回は一番インパクトが大きいJDFとの取引に絞って考えてみよう。
【シナリオ分析(他の卸への売上高、原価および販管費は固定)】

こうして見ると、単に粗利率が上がっても販売数量が落ちすぎると売上総利益の総額が減る可能性もある。だから、“どのくらい値上げできるか”と“それによってどのくらい数量が落ちるか”のバランスを見ることが重要なんだ。」
タジマ君:「実はそもそもJDFさんとの価格交渉なんて『できるわけがない』と思い込んでいて発想にありませんでした。そして、それができた場合でも、それが売り上げに与える影響まで考えなきゃいけないなんて思いもしませんでした」
ミゾグチ先生:「どうしても人には思い込みがあって、客観的に考えられない時もある。だから経営者は分析を取り入れて、冷静に判断できるようなる必要があるんだ。ちなみにシナリオ分析は、各シナリオがどの程度起こりうるか、定量的に確率を押さえておくことが大切だよ。一般的には、80%の振れ幅で、悲観的シナリオ10%、楽観的シナリオ10%の確率で起こりうるレベルで振れ幅を決めておけばいいと言われているんだ。
ちなみに、シナリオ分析と似た分析手法に「感度分析」というのがあるんだ。感度分析は、例えば売上高や費用などの構成要素が計画値から変動したときに、利益やキャッシュフローなどへどれだけ影響があるかを見る手法なんだ。たとえば、ドル円の為替レートを155円/ドルと見込んでいたときに、150円や160円になった場合、それが収益にどう響くかをシミュレーションするんだ。計画が予想通りに進まなかった場合に備えて、感度分析によってモデルの安定性やリスクを事前に把握しておくことで、対策が早く打てるし、コストも抑えられる可能性があるよ。感度分析が個別の要素を1つずつ動かすのに対して、シナリオ分析は売上、費用、投資などの複数の要素が同時に変化する前提で影響を見るんだ。だから、より現実的な経営判断に活用できるというわけなんだ。」
タジマ君:「よくわかりました!実際のデータと、現実的な様々な要因とを合わせて考えて、次のアクションを決めなくていけないんですね・・・。」
ミゾグチ先生:「うん、そうなんだ。じゃあ、次回までに自分なりにいろいろとシナリオ分析をやってみてごらん。」
タジマ君:「シナリオ分析、インパクト分析、それに感度分析・・・めちゃくちゃ便利で使えそうなんですけど、一気に詰め込んで少しパニクっています(笑) とりあえず、ビールもう一杯!」
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