ビバ・キューバ あなたも行ける禁断の国

文/細田雅大(Text by Masahiro Hosoda)
写真/川畑嘉文(Photos by Yoshifumi Kawabata)

Viñales

ホテルではなくカーサに宿泊

 川畑氏からは「首都のハバナではなく地方を回ってみたい」という要望が出されていた。内戦に蝕まれた国や自然災害に襲われた国に出かけ、人々の生活を撮るのが彼の仕事だ。どこに行けば面白く、良い写真が撮れるのか。海外取材のベテランの勘に私は従った。
 空港から市内のバス乗り場へ移動し、ハバナの西、ビニャーレスという田舎町へ向かった。バスでの移動を始めてすぐに、牛や馬の多さに驚かされた。緑の放牧地がえんえんと続き、動物たちが草を食んでいる。舗装された道路のすぐ横の草むらに一頭きりの馬がいた。周囲に仲間の姿はなく、しっかり管理されているようには見えない。「もしかして、あれって、野良馬かな?」と私は話しかけたが、日本からの長旅の疲れか、川畑氏はこんこんと眠り続けている。
 「とにかく金をかけずに旅をしたい」というのも川畑氏の要望だった。私に異存はなかった。バスに乗ること約4時間、ビニャーレスの目抜き通り、といっても、いくつかの商店やレストランが細々と並ぶだけの通りにバスは停まった。乗降口をカーサ・パルティクラル(casa particular)の関係者が取り囲み、口々に「我が家にどうぞ」と訴えている。私たちはそのうちの一つに宿泊した。
 略してカーサと呼ばれるこの制度は、キューバ政府が民間人の収入増加を狙って1997年に始めたものだ。一般の民家でも、税金を収めて届け出れば、観光客を宿泊させて金を取ってよいという制度で、ホテルと比べれば圧倒的に安く、キューバ人と容易に触れ合えるのが魅力だ。私たちは一泊14ペソ(約14ドル)の一室に泊まり、4ペソで朝食を、7ペソで夕食を付けた。値切ろうと思えば、さらにいくらでも値切れそうだった。
 グレゴリオという名のおじさんが私たちの世話をしてくれた。朝晩の料理も彼の担当だった。初日の夜、私たちが平らげたのは、マサ・フリータ(塩味の効いた豚のフライ)、ポターへ・デ・フリホーレス(黒豆の煮込み)、白米、そして濃厚なパイナップルとマンゴーだった。強いモヒートも飲んだ(別料金で3ペソ)。
 「美味しかった」と伝えると、グレゴリオは嬉しそうに「ノンブレ」「ノンブレ」と言う。スペイン語の基本的な語彙すら不確かな私は、「ノンブレ」とは 英語の「number」のことだと勘違いし、彼は私たちの年齢を知りたいのだと考えた。両手の指を駆使して、川畑氏が「34」、私が「45」だと伝えた。なぜだかグレゴリオは気まずそうに黙り込み、厨房へと消えてしまった。
 翌朝早々、「ノンブレ」の意味が「名前」であることを思い出した。ベッドを飛び出し、朝食を準備中のグレゴリオを抱きしめるようにして叫んだ。「ノンブレ! ノンブレ! マサ! マサ! ミ・ノンブレ・マサ!」。彼の顔にも笑みが広がった。自分のノンブレはグレゴリオだと教えてくれたのは、その直後のことだった。


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