都市の産業構造の変化やドーナツ化現象は、リーマン・ショックやGMの破綻が起きるずっと前から始まっている。輝く摩天楼の足元に渦巻く、貧困や矛盾。それは、アメリカのどの都市でも同じだ。けれど、デトロイトほど、それをくっきりと刻んで隠そうともしない街は、ほかにない気がする。
D:hiveのジャネットさんに案内されて、ダウンタウンの建築を見て歩いた。美しいアールデコの様式、Pewabicというミシガン特有のタイルを使った装飾に、目を奪われる。有名なガーディアン・ビルは、中に入ると美術館かと思うような品格がある。
アールデコ建築と同じぐらい、廃屋も美しい。窓ガラスがことごとく割れているのは侵入者のせいではなく、ガラスはお金になるから、出ていく前に業者が割って処分してしまうらしい。窓枠の向こうの闇には何があるのだろうと、中へ入って確かめたくなるような吸引力だ。
そう思うのは私だけではないようで、夜更けに集って廃屋に入り込んでは肝試しをしている若者たちがいるとかいないとか。
「デトロイト発祥の地」にも行ってみた。ラスベガスのカジノ「ベラッジオ」と同じデザイナーがつくったという噴水が優雅に揺れる広場に、小さな碑が埋め込まれていた。ここから放射線状に、車のタイヤのスポークのように5本の道が伸びている。1本はシカゴの目抜き通り、ミシガン・アベニューまで続く。
北へまっすぐ行くと、有名な「8マイル・ロード」に突き当たる。デトロイトとその北に広がる郊外とを、分断するように走る州道のことだ。
デトロイトの人口の8割は黒人で、「モーター・シティ」に住みながらマイカーを持てない貧しい人も多い。都市と郊外、黒人と白人、貧しさと豊かさ。
1本の道が象徴する冷たい溝と、底辺から這い上がろうともがく人々の連帯感は、デトロイト育ちのラッパー、エミネムの主演映画「8 Mile」と同名のアルバムによく描写されている。
◆ ◆ ◆
“We hope for better things. We rise from the ashes. And we become bigger and better every time.”
デトロイトで出会った何人もの人が、同じようなことを言った。そのトーンは、選挙が近づくと政治家が乱発する「hope」(希望)や、アメリカ人を形容する時に多用される「optimism」(楽観主義)とは、ちょっと違う。
自動車を大衆化してアメリカ人の生活を根本から変えたのは、ヘンリー・フォードだった。アレサ・フランクリン、ダイアナ・ロス、スモーキー・ロビンソン。公民権運動やベトナム戦争のさなか、音楽を通してアメリカを一つにしたのは、デトロイト生まれのモータウン・レコードだった。
「いつだって、ここからアメリカを変える新しい何かが生まれる——」。歴史に裏打ちされた強靭なプライド。それは、闇と輝きが同居するデトロイトだからこそ育つスピリットかもしれない。
選挙の年といえば、冒頭で紹介したクライスラーのCMにはこんなオチがついた。放映直後、共和党の政治家や戦略家たちは「オバマ政権に都合のいいCMだ」と非難を開始。「大統領が税金を使ってスーパーボウルを買った」という憶測まで飛び出した。一方、オバマ大統領の選対幹部は、ツイッターでCMに対する好感を表明。GMとクライスラーの公的資金による救済は、今も有権者を二分する話題だ。ミシガンは激戦州という背景も手伝って、しばらくケーブルTVやラジオの政治トーク番組をにぎわした。
政治家の経験があるイーストウッド(共和党、カリフォルニア州カーメル市長)は、保守系トーク番組の取材に答えて、「私はどの政治家も支持していない。CMのメッセージは、雇用の増加とアメリカのスピリットだ。政治家がその二つを押し進めたいのなら、オバマだろうと誰だろうと、ご自由に。やってみたらいい」と述べた。
取材協力/Special thanks to Detroit Metro Convention and Visitors Bureau, and Travel Michigan (MEDC)
この記事が気に入りましたか?
US FrontLineは毎日アメリカの最新情報を日本語でお届けします