シリーズ世界へ! YOLO⑧
眩々(くらくら)ドバイ紀行

文&写真/佐藤美玲(Text and photos by Mirei Sato)

 

Photo © Mirei Sato

Photo © Mirei Sato

 ドバイの急成長を支えているのは、海外からの移民労働者だ。1995年のドバイの人口は約69万人だったが、2011年には193万人。10年間で2倍近い増加だ。
 その8〜9割が外国人だ。主な出身国は、インド、パキスタン、バングラデシュ、フィリピン、スリランカ、ネパール、オマーン、バーレーン、カタール、クエート、サウジアラビア、シリア、スーダンなど。
 普通に旅行をしている限り、「エミラーティ」(UAE国民)に出会うことは、まずない。ツアーガイドも運転手も、ホテルやレストランの従業員もマネジャーも、皆どこか別の国から来ている。
 「ドバイはなんでもあって安いからね」と、カタールから日帰りで買い物に来たフィリピン人の青年。「アメリカはイスラム教徒への偏見がひどいんじゃないのかな。ドバイならそういうこともないし、暮らしやすいよ」と話すパキスタンの男性。「ドバイは外国人にとって住みやすいわ」と言うクロアチア人の女性――。
 全員が流暢な英語をしゃべるので、言葉の問題で困ることはない。
 私が訪れた7月は、毎日気温が45度を超え、外へ出て1〜2分も歩くとだるくなった。それでもまだ「7月はドライヒートだから快適なほう」だと言われた。8月以降は湿気が100%に達する。ドバイには70キロの海岸線があるが、ほとんどがホテルの土地で、一般人が海水浴を楽しめるビーチは少ない。
 だから全員が24時間、冷房の中で暮らしている。目抜き通りのビルのほとんどが低層階に商店、中階にオフィス、上階に住居というつくりになっているのは「一つのビルで全部済ませたい」というニーズを満たすためらしい。それ以外の時間は、ショッピングモールで過ごす。そこに行けば、なんでもある。人間が普通に住めるような場所ではない砂漠に、これだけのインフラと輸入システムを整備したのはすごいと言わざるを得ない。

◆  ◆  

 冒頭で紹介した世界一のタワー「バージュ・カリファ」は、実は、UAEの権力者シーク(首長)の名前だ。権力とコントロールされた社会のもとに、ドバイの自由と活力はある、とも言える。
 あらゆる人種や国籍の人たちが、「GAP」や「H&M」の袋をぶら下げて、巨大なショッピングモールという無国籍な空間を行き交う光景は不思議で、しかしきわめて21世紀の都市らしい光景だ。
 働いて、買って、働いて、買って…。ドバイの経済成長が止まったら、彼らはまた稼ぎとキャリアを求めて、別の都市へ移っていくのかも知れない。
 


 

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