Day 4
ヒルシティーを出て、87号をカスター州立公園へ向かう。アメリカ有数のバッファローの生息地で、7万エーカーを超える土地に約1300頭が暮らしている。
ガイドブックやパンフレットを見ると、大量のバッファローが車道だろうとお構いなく歩き回り、観光客の車を取り囲む写真が出ている。西部には野生のバッファローが見られる場所は幾つもあるが、こんな「大接近」体験ができるのはカスターだけだと聞いていた。
公園に入ると、87号はニードルズ・ハイウェイと名称を変える。針の穴に糸を通すような感覚でドライブするので、この名がついた。
車1台通るのがやっとの細いトンネル、急勾配のヘアピンカーブ…。すばらしい景観がスリル満点のドライブに華を添える。
ニードルズを抜け、公園の深部へ。「バッファローだらけ」というワイルドライフ・ループを運転する。
すぐにプロングホーン・アンテロープの一群とすれ違った。
しかしループの3分の2を過ぎてもバッファローはいない。道を間違えたのかと思っていると、ビジターセンターの周りに突如黒山が見えた。いたいた!
以前、ユタ州でバッファローを見たとき、「数秒間でゼロから時速35マイルまで走り出せる。近づきすぎると暴走するから気をつけて」とガイドに言われたのを思い出した。体重は2千パウンド、身長は人間の大人の肩ぐらいだ。カスターの入り口にも「近寄らないように」という注意書きがあった。
速度を落とし、そっと窓をあけてカメラを向けるが、まったく興味がなさそうでモグモグ草を食べているばかり。取り囲まれたらどうしようと期待なかば心配していたのに、なんの反応もない。
しばらく走ると柵の中に数頭の群れを見つけた。これなら安心と思い、車を降りて柵に近づくと、すっと背を向けてトコトコ去ってしまう。のそのそした動きのわりに逃げ足は速い。
さらに運転するとかなり大きな集団が見えた。1頭だけ離れて車道のそばで草を食べている。これを逃したらもう写真が撮れない。
車を止めて助手席の窓をあけ、カメラを突き出す。でも顔をあげてくれないし、黒い毛の中に黒い目が埋もれていて写真にうつらない。正面から撮りたい。
運転席のドアをあけて降り、車の前に回った。目が合う。よし。シャッターを切る。ファインダーをのぞくと今ひとつ。もう1枚。そう思った瞬間。
「フンッフンッ!」。鼻息を荒げた大きな音がしたかと思うと、トロットして飛び出してきた。そのステップたるや…
ただの2~3歩だったと思うが、素早さと獰猛さは「マッドダッシュ」と呼ぶにふさわしかった。
走って運転席のドアの後ろに逃げたが、助手席側の窓があいたままだ。バッファローはそこからノウッとこちらを見ている。そのまま車をはさんで、「見合って見合って」が何秒か続いた。
私が完全にビビったのが分かったのだろう。バッファローは足をとめ、威嚇の表情だけを残して、戻っていった。
野生の動物を甘く見てはいけない…。冷や汗をぬぐいながらアクセルを踏んだ。
それにしても、観光地で暮らしているのだから、もっと「人慣れ」してもいいだろうに…。野生の血というのは一生変わらないのか、それともここ数日バッファローを食べまくっているから恨みを買ったのか?
「バッファローは本来、暴力的な動物ではない」。次に向かったウィンドケーブ国立公園(やはりバッファローの全米有数の生息地)で教わった。
ヨーロッパ人がくるまで、北米の大平原には最大で6千万頭のバッファローがいた。先住民は、バッファローを偉大な精霊からの贈り物と尊び、衣食住の糧にした。
しかし狩猟者や開拓者が入ってきて、バッファローの毛皮が「ファッション」になると、状況は一変。1864年に開通したノーザン・パシフィック鉄道は、「バッファロー狩りアドベンチャーの旅」を売り出した。乗客が走っている列車からバッファローを撃つ、という趣向だった。
プロングホーンやオオカミも狩りの対象になり、線路ぎわに動物たちの死体が打ち捨てられた。
先住民は驚愕し、食料を奪われて飢えてしまった。こうして1850年に2千万頭いたバッファローは、50年後には1千頭以下にまで減ったそうだ。
民族の凄惨な歴史や虐殺の体験というのは、世代が代わっても忘れないものだ。人間に置き換えてみればよく分かること。
バッファローだってきっと忘れていない。今も私たちに怒りを抱いていて当然なのかも知れない。
後日観光ガイドブックを読み直していたら、「バッファローには決して近づかないこと。必ず車の中から、100メートルは離れた距離で撮影を」と書いてあり、さらに反省した。
カスターにいるのは危険動物ばかりではない。
社交的なプレイリードッグは、穴の中から顔をのぞかせておしゃべりに夢中。車が近づくと鳴き声で注意しあって、ぱっと逃げて隠れてしまう。人間の集落を見ているようで愉快だ。
公園内のロッジやキャンプサイトの周りには、シカが我が物顔でうろうろしている。
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