2015年10月、アメリカに初めてプロの女子アイスホッケーリーグが誕生した。ソチ五輪で銀メダルを獲得したアメリカ代表選手をはじめ、カナダやロシア、オーストリアからも精鋭が集まるNWHL(National Women's Hockey League)。日本代表ゴールキーパーの藤本那菜選手(デンソー北海道)もブルックリンを本拠地とするニューヨーク・リベターズで活躍中だ。その藤本選手に渡米の動機や今後の抱負を聞いた。
五輪出場が刺激に
藤本選手がアイスホッケーを始めたのは6歳の頃。父の絢士さんが大のアイスホッケー好きで、自身が社会人になってから始めたスポーツを、娘達には子供の頃からやらせたかったという。ゴールキーパーでプレーするようになったのは小学5年生の時。絢士さんがキーパーコーチとなり、今の基盤となっているものをみっちり叩き込まれた。「スパルタ式だった」という父の特訓は厳しく、「先天的なものは何も持っていない」と認める藤本選手は「努力するしかなかった」。今振り返れば、「自分には努力を継続できる才能があったのかな」と思えるが、当時は「アイスホッケーは嫌いだった」と言う。
アイスホッケーが楽しいと思えるようになったのは、ソチ五輪の舞台に立ってから。日本代表女子は開催国として出場資格を得た1998年の長野以来初の五輪出場権を獲得したが、5試合全敗で最下位の8位に終わった。自分自身で納得いくような動きができず、悔しい思いもしたが、5試合中わずか1ゴール差で敗れた試合が3試合と健闘。世界のトップクラス選手のプレーを目の当たりにし、自分ももっと頑張れば違う世界が見えてくるんじゃないか?そう思い始めるとアイスホッケーが楽しくなり、海外で体格やパワーで勝る選手を相手にスキルを磨きたいと思うようになった。
ソチ五輪から約1年後の2015年3月。スウェーデンで行われた世界選手権に日本代表として出場した藤本選手は、5試合で315分に出場。出場8カ国のゴールキーパー中、最多出場時間を記録した。ほぼ出ずっぱりの状態ながら、被シュート数128に対し、許したゴールはわずか8。対スウェーデン戦では延長戦からシュートアウトへもつれ込んだが、2選手のシュートをいずれも阻止し、勝利をもぎ取った。この大会での藤本選手の堅守ぶりは注目を集め、メダル受賞国のライバルを差し置き、最優秀ゴールキーパーに選ばれた。「まったくもらえると思ってなかった。言われてびっくりした」。
NWHLでスキルを磨く
女子アイスホッケーではカナダとアメリカが二強と言われ、スキルアップの機会を海外に求めるなら、いずれかが候補地となる。カナダにも女子のアイスホッケーリーグがあるが、選手への報酬が支払われず、職業とみなされないため、外国人選手のビザが下りないのが難点だ。世界選手権で注目された藤本選手へは、カナダの大学からもオファーが舞い込んだが、アメリカに新しくプロの女子アイスホッケーリーグができるという話を耳にすると、7月末にボストンで開催されるトライアウトを受けることにした。
外国人選手向けのトライアウトには、約50人が参加。どの程度のレベルの選手が集まるのか、自分の目で確かめたかった藤本選手は、「スキルが高く、体格もある選手が多く、この中でやっていけば自分自身も成長できると思った」と同時に、「自分もここでやっていける」と実感した。そしてトライアウト初日には早くも、NWHLのコミッショナーでリベターズのGMも兼任するダニ・ライランからオファーがあった。ライランGMは「どんな状況でもパックに正対でき、安定して落ち着いたプレーができる。パックへの反応が速く、リバウンドのコントロールにも優れている」と藤本選手を高く評価している。
他のスポーツと同様に、アイスホッケーのゴールキーパーも背が高く、手足が長いほど有利だ。体が小さければ、隙間を埋めるために動かざるを得ず、その分体力を消耗し、より高いスキルが必要になる。向かってくるパックに対していかに速く体を向けるか?いかにパックを見失う頻度を少なくするか?こういったスキルを磨くには「経験がすべて」と藤本選手は言う。「実戦でいかに守れるのかが重要」とする藤本選手にとって幸いなことに、ブリアナ・デッカーやヒラリー・ナイトなど、米代表主力選手の多くはライバルチームのボストン・プライドに所属している。
そのプライドには開幕2週目に7︱1の大差で敗れた。藤本選手が許したのは3ゴールのみだったのだが、被シュート数17回での3失点。90パーセントを下回るセーブ率は不本意な結果だった。渡米から1カ月が経過した11月に入ると、同じプライドを相手に2連勝。11月22日の試合では、60分間で40回を越すシュートを打たれる猛攻を受けたが、わずか2ゴールしか許さず、世界選手権最優秀ゴールキーパーの貫禄を見せ示した。
目標はメダル獲得
2年後の2018年には韓国の平昌で冬季五輪が開催される。アイスホッケーの出場枠は8チーム。まず鍵となるのは2016年3月末から4月上旬にかけ、カナダで開催される世界選手権だ。この大会終了後に国際アイスホッケー連盟から発表されるランキングで上位5チームと、開催国の韓国には自動的に五輪出場権が与えられる。残り2枠は2016年8月から2017年2月にかけて開催される3段階の予選を経て決まる。
日本は現在世界ランキング8位につけており、平昌五輪出場権を得るには、ソチの時と同じように予選からの出場枠を狙うことになる可能性が高い。しかし、オリンピックでメダルを取ることを目標に掲げる藤本選手にとって、五輪出場権を得ることはあくまでも目標達成の一過程でしかない。現在NWHLでアメリカ代表選手らを相手に実戦経験を積んでいるのも同じこどだ。
アイスホッケーであれ、サッカーであれ、ゴールキーパーというポジションは試合結果を直接左右できるポジションだ。「自分が試合を通してゼロに抑えれば、チームは負けない」と、藤本選手は言い切る。元々緊張しないタイプで、1対1でシューターと対決するシュートアウトでさえ、「周りにディフェンスがいないとパックに集中でき、キーパーに有利」と前向きに捉える。「だから、自分のポジションを追求して、成長することが、直接チームの勝利につながると思う」。
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