3国籍を持つ水泳界の期待の三つ子、リザランド(Litherland)兄弟
文/金岡美佐(Text by Misa Kanaoka Seely)
- 2016年3月29日
今夏開催されるリオデジャネイロ五輪に、日本人を母親に持つ3兄弟が出場できるかもしれない。水泳選手として五輪出場を狙っているのはジェイ、ケビン、ミックのリザランド兄弟。3人ともジョージア大学2年生の20歳。三つ子の選手だ。出生地日本、父の出身国ニュージーランド、市民権取得のアメリカと3つの国籍を持つが、ジェイはアメリカ代表として、ケビンとミックはニュージーランド代表として、リオデジャネイロを目指している。母親の秩寿子(ちずこ)さんに話を伺った。
水泳を始めたきっかけ
秩寿子さんも、父親のアンドリューさんも、子供達を最初からオリンピック選手に育てようと英才教育してきたわけではない。病弱だった体を鍛えさせたかったためだ。二卵性の三つ子の妊娠が分かった際、医師からは1人は大丈夫だろうが、3人全員が生まれてくる確率は少なく、たとえ生まれてきても障害を持つ可能性も覚悟して欲しいと言われた。幸いにも、3人とも五体満足に生まれてきてくれたが、妊娠8カ月の早産で体重も2000グラムと軽く、風邪をひいてはすぐ高熱を出していた。
子供達が3歳の頃、アンドリューさんの転勤のため、日本を離れることになった。1年半ドバイで暮らした後、アメリカ勤務となり、パームスプリングス、マイアミ、オーランドを転々とした。いずれも温暖な気候に恵まれた土地で、自宅はプール付き。子供達は幼い頃から水に親しむことができた。本格的に水泳を始めたのは7歳の頃。最初に才能の片鱗を見せたのはミックだった。当時は競泳水着さえ持っていなかったが、25メートル泳げるからという理由で試合に出してもらうと、いきなり7歳児のジュニアオリンピック標準記録をクリア。フロリダ州の大会に出場できることになった。
「あの時ジュニアオリンピックに出れたのはミックだけ。ケビンとジェイも『自分もそこに出たい』という気持ちが強くなった」。秩寿子さんがそう言うように、大舞台に立ったミックの姿はケビンとジェイにとって大きな刺激となった。以後、3人はよきライバルとして練習に励み、州レベルの大会で優勝するようになる。だが、同じ年の3人が同じ種目で競い合うため、1人がトロフィーを手にすれば、もう2人は悔しい思いをする。「水泳に限らず、ライバル意識は一生ついてくること。親として対応に戸惑ったが、とにかく分け隔てなく褒めるようにした」と秩寿子さんは振り返る。
めきめきと頭角を示す
2008年には再びアンドリューさんの転勤で、アトランタ郊外へ。13年間で6度目の引越しだったが、幸いにも子供達はどこへ行こうと、水泳を通じてすぐに友達ができた。3人が水泳選手としての才能を開花させる中、将来五輪出場を目指す可能性も視野に入れ、アメリカ市民権の取得も考えるようになった。アメリカで能力を発揮しても、国籍がなければ、アメリカ代表にはなれない。一方、日本代表として出場するには、日本水泳連盟に登録されたクラブに所属していなければならず、アメリカ在住者には不便だ。
チャタフーチー高校に進んだ3兄弟は、水泳部のありとあらゆる記録を塗り替えた。同校水泳部のサイトには11種目の記録保持者名が記されているが、リザランド兄弟の名前がない種目は2つしかない。高校時代には3人合わせて州大会で7回優勝し、3つの州新記録を達成。2013年に晴れてアンドリューさんと3兄弟がアメリカ市民権を取得すると、その年の全米ジュニア選手権に出場し、個人種目で優勝したケビンと上位入賞のジェイは米ナショナルチームのジュニア部門に選出された。
2014年には3人揃って奨学金を手にし、ジョージア大学へ進学。大学1年目に目覚しい活躍を見せたのは、三つ子の中で最後に生まれてきたジェイだった。まず8月の全米選手権の400メートル個人メドレーで4位入賞。春学期終了後の2015年7月、韓国で行われたユニバーシアードでは4:12.43の記録をたたき出し、金メダルを手にした。日本に住む秩寿子さんの両親は、「このテレビ中継を見て初めて孫達がいかに頑張っているか実感できた」という。その2カ月後には種目別に全米トップ6選手が選ばれるナショナルチームのメンバーに選ばれた。
五輪出場なるか?
リオデジャネイロ五輪まで半年を切り、各国とも代表選考会が押し迫っている。まず4月5日からトロントで行われるカナダ代表選考会に出場するのはミックとケビンだ。ニュージーランド代表選考会は3月28日からだが、26日までNCAAの大会があり、アメリカ留学中のニュージーランド選手は帰国が間に合わない。そのため、カナダでの公式記録がニュージーランドの代表選考上、考慮される。
基本的に五輪出場権を得るには、代表選考会で2位以内に入り、国際水泳連盟が定めたAカットの標準記録を満たさなければならない。ニュージーランド選手の今季これまでの記録で、ミックは200メートルのバタフライでトップ、ケビンは1500メートルの自由形で2位につけている。しかし、いずれもAカットには達しておらず、代表選考会で達しなければ、数秒遅いBカットの標準記録を満たした上で優勝しなければならない。
400メートルの個人メドレーでアメリカ代表を目指すジェイは、6月末にオマハで行われる選考会に臨む。トレーニング費用の支給など、ナショナルチーム選手ならではの特典を受けている代わりに、他国の代表として国際大会に出場することはできない。このため、ジェイは水泳強国のアメリカで出場権を勝ち取るしかない。
ジェイのユニバーシアードでの記録は現在全米3位だ。Aカットを4.28秒上回り、憧れのライアン・ロクテの今季ベストでさえ0.23秒上回っているが、トップのタイラー・クラリーと2位のチェース・カリーズには約3秒もの差をつけられている。クラリーはプロの選手。ジョージア大学の先輩にあたるカリーズは五輪に専念するため1年間休学中。練習に費やせる時間は学生のジェイよりもはるかに多い。
五輪出場という同じ夢を追う3人には、それぞれ乗り越えなければならない壁がある。3人揃って五輪出場できれば、秩寿子さん夫婦にとってこれほど嬉しいことはない。1人も出場できないのは辛いが、1人しか出場できないのも、1人だけ出場できないのも辛い。果たしてリザランド兄弟は今夏、念願の大舞台に立つことができるだろうか?
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